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アーサー・ジェフス
Photo by Alex Kozobolis

ロバート・ラスが提案した「既成概念を超えよう」

――ロバート・ラス氏はアルバムの発売元であるレーベル、イレーズド・テープスの主宰者でもありますが、今作についてどのような話し合いをされたのですか?

「先ほど〈ペンギン・カフェ・オーケストラのDNA〉とおっしゃいましたが、ロバートと話したのはまさにそれで、父が初期のペンギン・カフェ・オーケストラで使っていた、ウクレレや鍵盤ハーモニカといった〈おもちゃ(toys)〉のような楽器を使ってみようと。バラフォンをきっかけに、そういう音楽を掘り下げてみたくなったのです。

前作(2019年作『Handfuls Of Night』)はシネマティックなアルバムで、メランコリックな趣を感じさせるものでしたが、今という時代の空気を考えて、今作はもっと音楽をすることの楽しさや解放感、遊び心のようなものを取り入れてもいいのかなと」

――イレーズド・テープスというと、ポストクラシカルやミニマル、エレクトロニカといったイメージがありますが、今作のようなトロピカルなサウンドはレーベルにとっても新鮮なものだったのではないでしょうか。

「そうですね。最初に今作の構想をロバートに伝えたとき、今までいたところに安住しないでコンフォートゾーンから出よう、既成概念を超えるようなことをやってみようという話をしました。

ロバートはレーベルを率いている人だけあって、ふたつの視点を持っています。作品をユニークにするための視点と、音楽を届ける先にいるリスナーに向けた視点。とくに後者は自分にはない視点なので、一緒に制作していると刺激になりますし、非常に助かっています。やっぱり同じ場所に何ヶ月も籠ってアルバムを作っていると、なかなか自分の音楽を客観的に見ることが難しくなってきますよね。そんなとき、ロバートがトスカーナに来て、一緒にいるだけで、自分も曲の聴き方や視点が変わるんです」

――今作では、多彩な楽器による音の空間的な広がりと同時に、リズムの力強さも印象的でした。リズムの面でも、これまでとは違うことを意識しましたか?

「ドラムやリズムパターンの強さについては、ミキシングの段階になってはじめて決めたことでした。レコーディングが終わってから、以前バンドに参加していたトム(・チチェスター=クラーク)に電話をして、ミキシングを担当してもらうことになって。彼は映画音楽を中心に活動しているのですが、最近はエレクトロニカやダブステップ、アフロビートといった音楽にも携わっているんです。それで、今作のレコーディング音源を聴いて、〈ドラムの音にもうちょっと重きを置いてみよう〉と提案してくれました。

これまでのペンギン・カフェの音楽には、パーカッシブな要素はそれほどなかったので、既成概念を打ち破るという意味でも、とても有益なアドバイスでした。それに、ビートの強い音楽はリスナーとの距離を縮めてくれる、自分たちの音楽に対して門戸を広げてくれる効果があるような気がします」

 

ハロルド・バッドの音楽とかけ離れたトリビュート曲“In Re Budd”

――2020年12月に新型コロナウイルスによる合併症で他界したハロルド・バッドに捧げる“In Re Budd”という曲が収録されていますが、アーサーさんは彼と面識があったのですか?

「いえ、僕自身は会ったことはありませんでしたが、父はハロルドと同じオブスキュア・レコードからリリースしていましたから、レーベル主宰者であるブライアン・イーノを通して面識はあっただろうと思います。

僕は『The Pavilion Of Dreams』というアルバムからハロルドの音楽を聴くようになりました。その頃はマイケル・ナイマンやロバート・フリップといったアーティストの作品も一緒に聴いていましたが、音数がまばらで空間的なハロルドの音楽がすごく好きでした。

ハロルドの訃報が入ってきたのは、トスカーナに滞在して半年ほど経った頃。バラフォンを手に入れて明るい曲のアイデアを練っていたとき、彼がコロナの合併症で他界したと聞いて、急に現実感が襲ってきてショックを受けました。僕の身近な人や、ずっと聴いて育ってきたアーティストのなかで、はじめてコロナによって命を落とした人だったんです。

そこで、今作っている曲をハロルドに捧げることにしました。“In Re Budd”はアフロキューバンジャズ風でハロルドの音楽とはかけ離れていますが、僕自身はそのミスマッチが気に入ってます」

――その“In Re Budd”のMVではペンギンの被りものをしているのでお顔が見えませんが、ペンギン・カフェのメンバーは皆さん多忙なので流動的だそうですね。ここ数年で顔ぶれに大きな変化はありましたか?

「いつもだいたい6割が固定メンバーで、4割が流動的といった感じです。今作には僕と、ベースのアンディ(・ウォーターワース)、チェロのレベッカ(・ウォーターワース)、バイオリンやバラフォンのダレン(・ベリー)、バイオリンのオリ(オリヴァー・ランフォード)、新しく入ったドラムのエイヴォン(・チェンバース)、そしてマスタリングを担当したトム(・チチェスター=クラーク)が参加しています。

パーカッションのキャス(・ブラウン/ゴリラズ)、ウクレレなどを担当していたニール(・コドリング/スウェード)とデス(・マーフィー)は今回参加していませんが、来年は父のペンギン・カフェ・オーケストラに近い音楽をやりたいと考えているところなので、そうなれば3人にも戻ってきてもらわないと」

『Rain Before Seven...』収録曲“In Re Budd”