
Photo by Alex Kozobolis
ペンギン・カフェの4年ぶりとなる新作アルバム『Rain Before Seven...』が届けられた。コロナ禍によるロックダウンの最中にイタリア、トスカーナで制作されたという本作は、アーサー・ジェフスが新生ペンギン・カフェで推し進めてきたポストクラシカル路線と、父サイモン・ジェフスのペンギン・カフェ・オーケストラの無国籍で楽観的なムードが、もっとも幸せな形で融合したアルバムとなっている。
イレーズド・テープスを主宰するロバート・ラスを共同プロデューサーに迎えた今作の制作過程や、父の音楽への思い、ペンギン・カフェの現在とこれからについて、アーサー・ジェフスに聞いた。

トスカーナの空気と〈なんとかなるさ〉の精神性
――世界がコロナ禍に突入した2020年、アーサーさんはトスカーナのお宅でロックダウンを体験したそうですが、今回のアルバムの収録曲は、その期間中に作られたのでしょうか?
「僕たち家族はロンドンに住んでいましたが、コロナ禍がはじまった頃、幼い娘を連れてトスカーナの家に行き、しばらくそこに滞在しようという話になりました。母(石像彫刻家のエミリー・ヤング)と12年ほど前に購入した家なのですが、もとは修道院だった建物で、周囲にはのどかな自然の風景が広がっており、疎開にはぴったりだと思ったのです。でも、まさかそのまま2年も居つくことになるとは、そのときは思いませんでしたね。
その間に、新しい曲の構想が1〜2曲浮かびはじめました。そしてロックダウンの規制が徐々に解除されてからは、バンドのメンバーがトスカーナに来て、曲作りに参加するように。とくにバイオリニストであり、今作のミュージックディレクターを務めるオリ(・ランフォード)は何度も行ったり来たりしていました。そうやって、大半の収録曲はトスカーナで作られた感じです」
――『Rain Before Seven...』というアルバムタイトルは、〈Rain before seven, fine before eleven.〉(7時前の雨は11時前に上がる=そのうち良くなるさ)ということわざに由来しているそうですが、これはイギリスの国民性を表わす言い回しなのでしょうか?
「じつは僕も、このアルバムのタイトルを決めるときに本でたまたま見つけたことわざで、それまで使ったことがありませんでした。イギリスの気候は大西洋の影響を受けやすく、朝に雨が降っていても、昼前には大西洋から風が吹いてきてちょっと晴れたりと、移り変わりが激しい。そこから、〈まあ、とくに解決策がなくてもなんとかなるさ〉みたいなメンタリティが生まれたのだと思います。
ここ数年はコロナ禍以前にもブレグジット(EU離脱)があり、イギリス人にとっては大変な時期が長く続いています。今は僕もロンドンに戻りましたが、コロナ禍が一段落した後も、新しい生活様式になんとか慣れようとしているところがあって。そんなとき、ポジティブに不平不満を言う感じで、このことわざが使われています。イギリス人にとっては、希望を感じさせる言葉にもなっているのではないでしょうか」
――その〈なんとかなるさ〉というオプティミズム(楽観主義)が、まさに今作のサウンドに満ちあふれていますよね。そういう意味では、アーサーさんの新生ペンギン・カフェの作品のなかで、もっともお父さま(サイモン・ジェフス)のペンギン・カフェ・オーケストラのDNAを強く感じるアルバムだと思いました。
「たしかにポジティブで明るい感じというのは、今作でかなり意識していたポイントだと思います。じつはバラフォン(西アフリカの木琴)を手に入れたことが大きなきっかけでした。バンドのベーシストのアンディ(・ウォーターワース)がセネガルのアーティストとロンドンで共演したとき、〈バラフォンを売って帰りたいんだけど、誰か買ってくれない?〉と相談され、〈アーサーなら買うだろう〉と僕を紹介してくれたんです。
はじめてバラフォンを弾いてみたらすごく楽しくて。上手くはないけれど、弾いていると新しいアイデアがどんどん生まれてきて、自分にとって新しいテリトリーが開かれたような、新鮮な気分になりました。そのとき作りはじめていた“Temporary Shelter From The Storm”や“Goldfinch Yodel”といった曲に、試しにバラフォンを入れてみたところ、音の雰囲気がぴったり合ったんです。
そこで、今作の共同プロデューサーであるロバート(・ラス)に〈こういうのはどう?〉と聞いてみたら、とても乗り気で、〈ぜひともその方向性で行こう〉ということになりました」

Photo by Alex Kozobolis
ロバート・ラスが提案した「既成概念を超えよう」
――ロバート・ラス氏はアルバムの発売元であるレーベル、イレーズド・テープスの主宰者でもありますが、今作についてどのような話し合いをされたのですか?
「先ほど〈ペンギン・カフェ・オーケストラのDNA〉とおっしゃいましたが、ロバートと話したのはまさにそれで、父が初期のペンギン・カフェ・オーケストラで使っていた、ウクレレや鍵盤ハーモニカといった〈おもちゃ(toys)〉のような楽器を使ってみようと。バラフォンをきっかけに、そういう音楽を掘り下げてみたくなったのです。
前作(2019年作『Handfuls Of Night』)はシネマティックなアルバムで、メランコリックな趣を感じさせるものでしたが、今という時代の空気を考えて、今作はもっと音楽をすることの楽しさや解放感、遊び心のようなものを取り入れてもいいのかなと」
――イレーズド・テープスというと、ポストクラシカルやミニマル、エレクトロニカといったイメージがありますが、今作のようなトロピカルなサウンドはレーベルにとっても新鮮なものだったのではないでしょうか。
「そうですね。最初に今作の構想をロバートに伝えたとき、今までいたところに安住しないでコンフォートゾーンから出よう、既成概念を超えるようなことをやってみようという話をしました。
ロバートはレーベルを率いている人だけあって、ふたつの視点を持っています。作品をユニークにするための視点と、音楽を届ける先にいるリスナーに向けた視点。とくに後者は自分にはない視点なので、一緒に制作していると刺激になりますし、非常に助かっています。やっぱり同じ場所に何ヶ月も籠ってアルバムを作っていると、なかなか自分の音楽を客観的に見ることが難しくなってきますよね。そんなとき、ロバートがトスカーナに来て、一緒にいるだけで、自分も曲の聴き方や視点が変わるんです」
――今作では、多彩な楽器による音の空間的な広がりと同時に、リズムの力強さも印象的でした。リズムの面でも、これまでとは違うことを意識しましたか?
「ドラムやリズムパターンの強さについては、ミキシングの段階になってはじめて決めたことでした。レコーディングが終わってから、以前バンドに参加していたトム(・チチェスター=クラーク)に電話をして、ミキシングを担当してもらうことになって。彼は映画音楽を中心に活動しているのですが、最近はエレクトロニカやダブステップ、アフロビートといった音楽にも携わっているんです。それで、今作のレコーディング音源を聴いて、〈ドラムの音にもうちょっと重きを置いてみよう〉と提案してくれました。
これまでのペンギン・カフェの音楽には、パーカッシブな要素はそれほどなかったので、既成概念を打ち破るという意味でも、とても有益なアドバイスでした。それに、ビートの強い音楽はリスナーとの距離を縮めてくれる、自分たちの音楽に対して門戸を広げてくれる効果があるような気がします」
ハロルド・バッドの音楽とかけ離れたトリビュート曲“In Re Budd”
――2020年12月に新型コロナウイルスによる合併症で他界したハロルド・バッドに捧げる“In Re Budd”という曲が収録されていますが、アーサーさんは彼と面識があったのですか?
「いえ、僕自身は会ったことはありませんでしたが、父はハロルドと同じオブスキュア・レコードからリリースしていましたから、レーベル主宰者であるブライアン・イーノを通して面識はあっただろうと思います。
僕は『The Pavilion Of Dreams』というアルバムからハロルドの音楽を聴くようになりました。その頃はマイケル・ナイマンやロバート・フリップといったアーティストの作品も一緒に聴いていましたが、音数がまばらで空間的なハロルドの音楽がすごく好きでした。
ハロルドの訃報が入ってきたのは、トスカーナに滞在して半年ほど経った頃。バラフォンを手に入れて明るい曲のアイデアを練っていたとき、彼がコロナの合併症で他界したと聞いて、急に現実感が襲ってきてショックを受けました。僕の身近な人や、ずっと聴いて育ってきたアーティストのなかで、はじめてコロナによって命を落とした人だったんです。
そこで、今作っている曲をハロルドに捧げることにしました。“In Re Budd”はアフロキューバンジャズ風でハロルドの音楽とはかけ離れていますが、僕自身はそのミスマッチが気に入ってます」
――その“In Re Budd”のMVではペンギンの被りものをしているのでお顔が見えませんが、ペンギン・カフェのメンバーは皆さん多忙なので流動的だそうですね。ここ数年で顔ぶれに大きな変化はありましたか?
「いつもだいたい6割が固定メンバーで、4割が流動的といった感じです。今作には僕と、ベースのアンディ(・ウォーターワース)、チェロのレベッカ(・ウォーターワース)、バイオリンやバラフォンのダレン(・ベリー)、バイオリンのオリ(オリヴァー・ランフォード)、新しく入ったドラムのエイヴォン(・チェンバース)、そしてマスタリングを担当したトム(・チチェスター=クラーク)が参加しています。
パーカッションのキャス(・ブラウン/ゴリラズ)、ウクレレなどを担当していたニール(・コドリング/スウェード)とデス(・マーフィー)は今回参加していませんが、来年は父のペンギン・カフェ・オーケストラに近い音楽をやりたいと考えているところなので、そうなれば3人にも戻ってきてもらわないと」
変わりゆく時代のなか新しい音楽を提案したい
――アーサーさんから見たお父さまのイメージは〈少し風変わりな古美術的アプローチで音楽を組み立てて耳に優しい音を再構築する人〉だとライナーノーツで書いていらっしゃいますね。お父さまのアプローチが〈古美術的〉なら、アーサーさんのペンギン・カフェは〈コンテンポラリーアート的〉なアプローチなのかなと思うのですが、クラシック、現代音楽、アンビエント、ポストクラシカル……と続いてきたインストゥルメンタルミュージックの未来は、どのようになっていくとお考えですか?
「父はジョン・ケージやヤニス・クセナキス、ピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼンといった現代音楽からも影響を受けていました。そういった音楽に民族音楽の要素などを取り入れて、人間的なあたたかみを取り戻したのが父の音楽だったと思います。世界中のさまざまな音楽から、宝物のように面白い要素を見つけては自分のものにしていた、そんな父の姿勢が〈古美術的〉だと。
その後、シリアスな現代音楽は行き詰まりを迎えた時期がありましたが、フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒらが出てきて、アカデミックでありながら美しい音楽を生み出しました。そして現在はより自由になって、アカデミックなバックグラウンドがない人でも聴けるようなポストクラシカルが出てきています。
とは言いつつ、今もアカデミックなクラシックの世界は存在しますし、音楽の潮流というものはサイクルを繰り返し、行ったり来たりしながら、少しずつ変化していくのだと思います。もともとペンギン・カフェは、自分がキュレーターになって、父の音楽を新しい世代に伝えたいという思いから始まりました。それから10年以上が経ちますが、変わりゆく時代の流れのなかで、僕らも父のように自分の肌に合う音楽を見つけては取り入れつつ、新しい音楽を提案していけたらと思います」
――大変興味深いお話をありがとうございました。また日本に来てくださる日を楽しみにしています!
RELEASE INFORMATION

■国内流通盤CD
品番:AMIP-0325
価格:2,860円(税込)
■国内流通盤LP(全世界1,000枚限定クリアヴァイナル)
品番:AMIP-0326LE
価格:5,500円(税込)
■国内流通盤LP(通常盤)
品番:AMIP-0327LP
価格:5,060円(税込)
国内流通盤のみボーナストラックのDLコード付き
TRACKLIST
1. Welcome To London
2. Temporary Shelter From The Storm
3. In Re Budd
4. Second Variety
5. Galahad
6. Might Be Something
7. No One Really Leaves...
8. Find Your Feet
9. Lamborghini 754
10. Goldfinch Yodel



