ペンギン・カフェ
Photo by Alex Kozobolis

ペンギン・カフェの4年ぶりとなる新作アルバム『Rain Before Seven...』が届けられた。コロナ禍によるロックダウンの最中にイタリア、トスカーナで制作されたという本作は、アーサー・ジェフスが新生ペンギン・カフェで推し進めてきたポストクラシカル路線と、父サイモン・ジェフスのペンギン・カフェ・オーケストラの無国籍で楽観的なムードが、もっとも幸せな形で融合したアルバムとなっている。

イレーズド・テープスを主宰するロバート・ラスを共同プロデューサーに迎えた今作の制作過程や、父の音楽への思い、ペンギン・カフェの現在とこれからについて、アーサー・ジェフスに聞いた。

PENGUIN CAFE 『Rain Before Seven...』 Erased Tapes/インパートメント(2023)

 

トスカーナの空気と〈なんとかなるさ〉の精神性

――世界がコロナ禍に突入した2020年、アーサーさんはトスカーナのお宅でロックダウンを体験したそうですが、今回のアルバムの収録曲は、その期間中に作られたのでしょうか?

「僕たち家族はロンドンに住んでいましたが、コロナ禍がはじまった頃、幼い娘を連れてトスカーナの家に行き、しばらくそこに滞在しようという話になりました。母(石像彫刻家のエミリー・ヤング)と12年ほど前に購入した家なのですが、もとは修道院だった建物で、周囲にはのどかな自然の風景が広がっており、疎開にはぴったりだと思ったのです。でも、まさかそのまま2年も居つくことになるとは、そのときは思いませんでしたね。

その間に、新しい曲の構想が1〜2曲浮かびはじめました。そしてロックダウンの規制が徐々に解除されてからは、バンドのメンバーがトスカーナに来て、曲作りに参加するように。とくにバイオリニストであり、今作のミュージックディレクターを務めるオリ(・ランフォード)は何度も行ったり来たりしていました。そうやって、大半の収録曲はトスカーナで作られた感じです」

『Rain Before Seven...』収録曲“Welcome To London”

――『Rain Before Seven...』というアルバムタイトルは、〈Rain before seven, fine before eleven.〉(7時前の雨は11時前に上がる=そのうち良くなるさ)ということわざに由来しているそうですが、これはイギリスの国民性を表わす言い回しなのでしょうか?

「じつは僕も、このアルバムのタイトルを決めるときに本でたまたま見つけたことわざで、それまで使ったことがありませんでした。イギリスの気候は大西洋の影響を受けやすく、朝に雨が降っていても、昼前には大西洋から風が吹いてきてちょっと晴れたりと、移り変わりが激しい。そこから、〈まあ、とくに解決策がなくてもなんとかなるさ〉みたいなメンタリティが生まれたのだと思います。

ここ数年はコロナ禍以前にもブレグジット(EU離脱)があり、イギリス人にとっては大変な時期が長く続いています。今は僕もロンドンに戻りましたが、コロナ禍が一段落した後も、新しい生活様式になんとか慣れようとしているところがあって。そんなとき、ポジティブに不平不満を言う感じで、このことわざが使われています。イギリス人にとっては、希望を感じさせる言葉にもなっているのではないでしょうか」

――その〈なんとかなるさ〉というオプティミズム(楽観主義)が、まさに今作のサウンドに満ちあふれていますよね。そういう意味では、アーサーさんの新生ペンギン・カフェの作品のなかで、もっともお父さま(サイモン・ジェフス)のペンギン・カフェ・オーケストラのDNAを強く感じるアルバムだと思いました。

「たしかにポジティブで明るい感じというのは、今作でかなり意識していたポイントだと思います。じつはバラフォン(西アフリカの木琴)を手に入れたことが大きなきっかけでした。バンドのベーシストのアンディ(・ウォーターワース)がセネガルのアーティストとロンドンで共演したとき、〈バラフォンを売って帰りたいんだけど、誰か買ってくれない?〉と相談され、〈アーサーなら買うだろう〉と僕を紹介してくれたんです。

はじめてバラフォンを弾いてみたらすごく楽しくて。上手くはないけれど、弾いていると新しいアイデアがどんどん生まれてきて、自分にとって新しいテリトリーが開かれたような、新鮮な気分になりました。そのとき作りはじめていた“Temporary Shelter From The Storm”や“Goldfinch Yodel”といった曲に、試しにバラフォンを入れてみたところ、音の雰囲気がぴったり合ったんです。

そこで、今作の共同プロデューサーであるロバート(・ラス)に〈こういうのはどう?〉と聞いてみたら、とても乗り気で、〈ぜひともその方向性で行こう〉ということになりました」