Photo by Alex Kozobolis

ペンギン・カフェ・オーケストラの創設者サイモン・ジェフスの遺志を継ぐ息子アーサー・ジェフスによるペンギン・カフェが『A Matter Of Life...』(2011年)でデビューしてから10年と少し。同作がリマスターされ、CDと初のLPでリイシューされる。サイモンを追悼した名曲“Harry Piers”を録音し直した新バージョンの収録、アレックス・コゾボリスが伊トスカーナで撮影した写真をあしらった新たなアートワークなど、『A Matter Of Life... 2021』は充実の再発盤だ。今回は本作の発表を機に、音楽家の鈴木惣一朗(WORLD STANDARD)がペンギン・カフェ・オーケストラとペンギン・カフェについて綴った。 *Mikiki編集部

PENGUIN CAFE 『A Matter Of Life... 2021』 Erased Tapes/インパートメント(2022)

 

“Harry Piers 2021”を聴いています。日々、固くなったぼくのこころがほぐれてゆきます。この独特なリラクゼーションは〈ペンギン・カフェ〉と名がつく音楽からしか得られないものだと思います。

『A Matter Of Life... 2021』収録曲“Harry Piers 2021”

創始者/サイモン・ジェフスによる〈ペンギン・カフェ・オーケストラ〉と実息子/アーサー・ジェフスによる〈ペンギン・カフェ〉。遠い記憶が紐解かれてゆきます。

〈ニューウェイブの嵐〉が吹く70年代中頃、ペンギン・カフェ・オーケストラの出現は一服の清涼剤のようでした。大袈裟ではなく〈救われた!〉という表現が適切だった。先鋭的であることがマストの時代、湿度のあるメロディーやハーモニーにぼくは飢えていました。そんな中、ペンギン・カフェ・オーケストラの音楽は先鋭的でありながらも陽だまりのように暖かかった。ペンギン・カフェ……と口にすると甘い香りがしました。

ペンギン・カフェ・オーケストラの創始者サイモン・ジェフスの早すぎる死(97年)は、かのジョン・レノンと並びショックでした。死後リリースされた『Piano Music』(2000年)もよく聴きました。似たようなサウンドのグループもたくさんありましたが、ぼくはペンギン・カフェ・オーケストラが良かった。そしてその音楽を忘れることとしました。特別に良かったから、この世にそれがないことが耐えられなかった。

時は流れ2011年。〈ペンギン・カフェが蘇った!〉と、とある音楽事務所から連絡が入りました。新作が作られ、来日もするというのです。再構築したのはアーサー・ジェフスくん。けれどもウェルカムではなく、心は捻じ曲がりました。頭でっかちのぼくは〈ペンギン・カフェ・オーケストラとペンギン・カフェは違うんだ〉と捻じ曲がったのです。

アーサーくんは弦楽器主体の父とは異なり鍵盤奏者でした。その後、コンスタントにリリースされるアルバムのすべてを丁寧に聴いてゆきました。次第に別のグループとしてのペンギン・カフェの実像が見えてきます。

彼らに付けられた〈ポストクラシカル〉という名称もその実、当てはまらないと思いました。この音楽がどんなジャンルで、何者であるかはそれほど重要ではない気がしたのです。ぼくの印象はこんな感じです。

ペンギン・カフェにはペンギン・カフェ・オーケストラのような大らかさ(ユーモア)はない。オーケストラという名前が外れた意味も含め、より個人的でシリアスな音楽。

ペンギン・カフェには音楽的実験(及び葛藤)を繰り返したペンギン・カフェ・オーケストラのような戸惑いはない。サイモン・ジェフスが作った音楽的フォーマットの上に成り立った、より確信的な音楽。けれども通奏低音は同じ、その魂は同じ。

さっぱりと言ってしまえば、それは血の成せる技なのだと思います。共に無垢で、ひどく愛らしい音楽であることに変わりはないのです。

1976年から2022年へ……。

〈ニューウェイブの嵐〉は〈疫病と戦争という嵐〉に変わり、愛らしいということがとても重要なことのような気がしています。人間はとても弱い生き物です。その弱さに添い寝をするようなペンギン・カフェの音楽が、今、求められていると強く強く思うのです。

『A Matter Of Life... 2021』収録曲“Coriolis”のライブ動画

 


RELEASE INFORMATION

PENGUIN CAFE 『A Matter Of Life... 2021』 Erased Tapes/インパートメント(2022)

リリース日:2022年5月13日(金)
品番:AMIP-0283
価格:2,640円(税込)
国内流通盤のみボーナストラック”Coriolis 2021”のDLコード付

TRACKLIST
1. That, Not That
2. Landau
3. Sundog
4. The Fox And The Leopard
5. Finland
6. Pale Peach Jukebox
7. Harry Piers 2021
8. Two Beans Shaker
9. From A Blue Temple
10. Ghost In The Pond
11. Coriolis

 


PROFILE: PENGUIN CAFE
元々はイギリスの作曲家サイモン・ジェフスによって結成された楽団。民族音楽、フォークサウンド、現代音楽などを取り入れた楽曲で76年にブライアン・イーノが運営するレーベル、オブスキュアからデビュー。6作のアルバムを発表後、97年にリーダーのサイモンが死去。その後、2009年から息子のアーサー・ジェフスが父の遺志を引き継ぎメンバーも一新し活動を再開。2011年には復活後初のアルバムをリリースし、2012、2014年には来日も果たす。そして2017年にニルス・フラーム、ピーター・ブロデリック、オーラヴル・アルナルズなどが所属するイレイスト・テープスより新作『The Imperfect Sea』をリリース。2018年に南極のペンギンをイメージした楽曲を発表し、その楽曲から構想が生まれたアルバム『Handfuls Of Night』を2019年にリリース。同年の〈朝霧JAM〉への出演は台風で中止となったが単独公演を成功させた。