ペンギン・カフェ・オーケストラ(以下、PCO)が最後のスタジオ・レコーディング作として残した93年発表のアルバム『Union Cafe』。同作が、ニルス・フラームピーター・ブロデリックらの作品をリリースするポスト・クラシカルの中心的レーベル、イレースト・テープスからリイシューされた。レーベル・オーナーのロバート・ラスでさえ、PCOの創設者であるサイモン・ジェフスの実息アーサーが収録楽曲を演奏するまでその存在を知らなかったという『Union Cafe』は、ある意味で幻のアルバムであった。今回は、ライター/ele-kingの編集者であり、過去にアーサーへのインタヴュー経験もある小林拓音が、PCOの音楽史における意義を再検証。ふまえて〈もっともPCOらしさの滲み出たアルバム〉と位置付ける『Union Cafe』の魅力を紐解いた。 *Mikiki編集部

PENGUIN CAFE ORCHESTRA 『Union Cafe』 Erased Tapes/インパートメント(2017)

 

〈オブスキュア〉という尖鋭的な運動の一角を担うグループだった初期

サイモン・ジェフス率いるペンギン・カフェ・オーケストラが残した作品のなかでもっとも重要なのは、76年にメンバーズ・オブ・ザ・ペンギン・カフェ・オーケストラ名義で発表されたデビュー・アルバム『Music From The Penguin Cafe』だろう。ギャヴィン・ブライアーズ、デイヴィッド・トゥープ、マイケル・ナイマン、ハロルド・バッドなど、いまとなっては伝説のようなビッグ・ネームたちが名を連ねた、全10作から成る〈オブスキュア〉シリーズの一枚としてリリースされたアルバムである。現在そのアートワークはエミリー・ヤングによるキュートなイラストのものへと差し替えられているが、オリジナルはオブスキュアの他の9枚と同じく、マンションの映し出された薄暗いものだった

※オブスキュア版のジャケット画像はこちらを参照

その黒く曖昧なイメージは、レーベル主宰者だったブライアン・イーノによる〈オブスキュア〉というコンセプト、すなわち〈はっきりしない〉〈ぼんやりした〉を体現したものである。具体的でないもの、不明瞭なものによって何かそれ以外のものを喚起させること――やがて〈アンビエント〉という言葉に取って代わられることになるそのコンセプトは、もちろんサウンドのほうにも落とし込まれている。『Music From The Penguin Cafe』では、のちに彼らのトレードマークとなる室内楽やミニマリズム、民族音楽からの参照のみならず、ノイズ、不協和音、声の実験、静寂の活用、エレクトリックな音響のテストと、じつに多様かつ〈わかりにくい〉試みが為されていた。イーノ本人はPCOのファーストの制作には関与していないが、リリースを呼びかけたのはイーノであり、すなわちPCOもまた〈オブスキュア〉という尖鋭的な運動の一角を担うグループだったのである。

76年作『Music From The Penguin Cafe』収録曲“The Sound Of Someone You Love Who's Going Away And It Doesn't Matter”

その〈オブスキュア〉から巣立ったPCOはしかし、以降、彼らのなかに潜んでいたポップな側面をより洗練させる方向へと歩を進めていくことになる。ファーストにも見られたミニマリズムおよび民族音楽の要素をより際立たせることを選択した彼らは、『Penguin Cafe Orchestra』(81年)、『Broadcasting From Home』(84年)と、尖鋭的な要素をいかにポップに聴かせるかということに心血を注いでいく。その成果として、電話の着信音のループが奇妙な酩酊感を引き起こす“Telephone And Rubber Band”や、いま聴くとハーモニウムとベースの応酬がゲーム音楽を思わせる“Music For A Found Harmonium”といった代表曲も生み落とされることになるわけだが、そのスマートなサウンドは素朴に〈お洒落なもの〉として受容され、彼らの楽曲はCMや映画に次々と採用されることになる。〈カフェで鳴らされること〉を前提とするPCOの戦略は見事に成功を収めたと言うべきだろう。しかしそれは必然的に、ミューザックやエレヴェイター・ミュージックに限りなく接近することでもあった。

81年作『Penguin Cafe Orchestra』収録曲“Telephone And Rubber Band”