Page 2 / 2 1ページ目から読む
“地球儀”ジャケット

米津玄師 × 宮﨑駿、意外な組み合わせの主題歌“地球儀”

ここで、ようやく米津玄師の“地球儀”の話に移れる。

一部のファンの間で以前から噂され、予想されていたとおり、「君たちはどう生きるか」の主題歌に抜擢されたのは米津玄師だった。

“地球儀”は、映画の公開の3日後、7月17日にストリーミングなどでの配信がスタートした。明日7月26日にはCDと160ページの写真集(〈宮﨑駿監督 鈴木敏夫P 米津玄師との5年に渡る主題歌制作ドキュメンタリー写真集〉とのこと)のセット、という豪華な装丁でもリリースされる。ジャケットは、映画のレイアウト原画から抜粋されている。

米津玄師 『地球儀』 ソニー(2023)

“地球儀”

公開前は米津玄師 × 宮﨑駿、米津玄師 × ジブリという組み合わせがどうなるのか、予想ができなかった。しかし、“地球儀”を映画館で聴いた時の印象は、「君たちはどう生きるか」という映画と予想以上に合っていたこと、宮﨑駿とジブリの世界に非常にうまく溶けこみ、その一部になっていたことだった。

 

最小限の音による最大限の表現

“地球儀”は、米津玄師の曲にしては音の数、装飾がかなり少なく、歌や旋律が剥き出しになっている。その中でも、珍しさもあってバグパイプの音が印象的で、後半はサブベースが効いている点にはっとするが、記憶に残るのは全編を通して曲の骨格になっている優しくも荘厳なピアノの響きだ。これは、アレンジとともに坂東祐大が担当している

坂東は“海の幽霊”(2019年)以来の相棒だが、ここまでシンプルかつ削ぎ落とされた編曲やプロダクションは、米津玄師のディスコグラフィの中でも、さらにJ-Popという範囲に広げて考えてみてもなかなかなく、最小限の音による最大限の表現に驚かされる。なお、ドラムは“感電”(2020年)に参加した当代随一のドラマー、石若駿が叩いている

さりげなく強調されている何かが軋む音は、ピアノを演奏する坂東の椅子の音か、あるいはジャケットにいる、眞人が座る椅子の音か。これをタイトルである〈地球儀〉を回す音、また宮﨑駿が座っている椅子の音を拾ったものとして受け取っているリスナーも多いようだ。

 

〈地球儀〉という虚構

歌詞に目を向けると、ここまで長々と書いてきた映画のテーマの一部との共振が感じられる。

〈地球儀〉とは、私たちが生きるこの世界をうまくデフォルメした似姿で、言ってみれば、人間が地球を俯瞰して見るための虚構の道具である。美しい球形をしており、それだけで完結した世界だが、世界そのものではもちろんない。

〈地球儀を回すように〉〈思い馳せる〉〈描いていく〉と米津玄師は歌っているが、これはつまり、世界の似姿としてのアニメや映画といったフィクションの内側を覗きこむこと、あるいは虚構の世界を創作することなのではないだろうか。

 

宮﨑駿の映画を見て育ち、音楽を作る人間になった

〈風を受け走り出す〉というラインは、向かい風が飛行機の離陸に必要であるように、「風立ちぬ」のことを思い起こさせる。重要なのは、それに続く〈瓦礫を越えていく〉だろう。「君たちはどう生きるか」は最後、築き上げられた塔や〈下の世界〉が、まさに〈瓦礫〉と化す。しかし、眞人は、〈一欠片握り込んだ 秘密を忘れぬように〉と〈石〉を持ち帰った。

米津玄師は“地球儀”についてのコメントで、〈小さな子供の頃から宮﨑さんの映画を見て育ちました。いつしかわたしは大人になり、音楽を作る人間になりました〉〈わたしが今まで宮﨑さんから受けとったものをお返しする為の曲でもあります〉と書いている。ここには、継承の問題が表れているように思えてならない。

米津玄師は、宮﨑駿の映画を見て育ったが、アニメや映画の作家にはならず、別の領域の〈音楽を作る人間にな〉った(絵を描くのが好きで、漫画家になりたかったのにもかかわらず)。彼は、宮﨑駿やジブリの世界をそのままの形で継承する者ではなく、そこで拾ってきた〈石〉を〈一欠片握り込ん〉で、〈秘密を忘れぬように〉音楽を作っているアーティストなのではないだろうか。

 

映画の開かれた結論を受けた曲

宮﨑駿作品がそうであるように、優れた表現は常に多義的で、見方、読み方によって様々な顔を見せる。〈僕が生まれた日の空は〉という誕生の場面から始まるこの歌は、映画の最後に〈新生〉した眞人のようにも、ラストに幼い姿を見せる眞人の弟のようにも思える。〈作品〉という新たな命の誕生として受け取ることすらできるだろう。他にも、〈僕が愛したあの人は 誰も知らないところへ行った〉は、眞人と母の関係から宮﨑駿と高畑勲の関係までを透かして見ることもできる。

ともあれ、“地球儀”は、そのようにして映画のエンディング、その開かれた結論を受けている曲であることは確実だ。だからこそ、エンドロールで流れる意味がある。宮﨑駿作品、ジブリ作品を愛おしむ強い思い、慈しみが詰まった曲だと思う。

 


RELEASE INFORMATION

米津玄師 『地球儀』 ソニー(2023)

リリース日:2023年7月26日(水)

■初回版(CD+写真集 160ページ)
品番:SECL-2890
価格:4,800円(税込)

■通常版(CD+写真集 160ページ)
品番:SECL-2892
価格:2,200円(税込)

■配信
リリース日:2023年7月17日(月)
配信リンク:https://smej.lnk.to/chikyugi

TRACKLIST
1. 地球儀

 

MOVIE INFORMATION

©2023 Studio Ghibli

「君たちはどう生きるか」
原作・脚本・監督:宮﨑駿
製作:スタジオジブリ
2023年7月14日全国公開ロードショー
公開劇場一覧:https://theater.toho.co.jp/toho_theaterlist/kimitachihadouikiruka.html

 


PROFILE: 米津玄師
ハチ名義でボカロシーンを席巻し、2012年、本名の米津玄師としての活動を開始。2018年、TBS金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌として“Lemon”を書き下ろし、ミリオンセールスを記録。第96回ドラマアカデミー賞にて最優秀ドラマソング賞を受賞。日本レコード協会にて史上最速の300万DL認定など数々の記録を樹立。同年、NHK2020応援ソングとして、Foorin“パプリカ”を発表。“Lemon”は年間を通して支持が拡大し続け、年間ランキングチャートを総なめにし、MVは6.9億回再生を突破、デジタル・フィジカル合算300万セールス突破と年度を象徴する楽曲となった。年末には「紅白歌合戦」に初出場、初のテレビ歌唱が大きな話題を呼び、翌2019年の年間ランキングでも2年連続で年間ランキングを席巻。Billboard JAPANでは日米初となる2年連続での首位、オリコン週間カラオケランキングでは歴代1位となる〈連続1位獲得週数85週〉を記録するなど、音楽史に残る数々の快挙を成し遂げた。2019年、菅田将暉“まちがいさがし”をプロデュース。映画「海獣の子供」主題歌として“海の幽霊”をリリース。Foorin“パプリカ”のセルフカバーを発表。TBSドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌、シングル“馬と鹿”をリリースし、フィジカル・デジタル合算で120万セールスを記録、その後開催され社会現象となったラグビーワールドカップでも楽曲が使用されるなど大きな反響を呼んだ。そして12月にはNHK2020ソングとして嵐の“カイト”を制作。「紅白歌合戦」にて嵐により初披露された。2020年、TBSドラマ「MIU404」主題歌として“感電”を書きおろし、5thアルバム『STRAY SHEEP』を発売。発売翌週にミリオンセールスを突破。その後150万枚までセールスを伸ばし、オリコン合算アルバムランキングで200万ポイントを突破。2020年の年間ランキングでは46冠を獲得した。また、ユーザー数3億5,000万人を誇るゲーム「FORTNITE」での革新的な全世界バーチャルライブの開催や、ユニクロとのコラボTシャツの全世界販売、ジバンシィの新作コレクションへ各国の著名人と共に参加するなど、意欲的な活動が国内外共に大きく評価された。グローバルチャートのIFPIでは世界7位にランクイン、「Forbes」が選ぶアジアのデジタルスター100に選出。日本国内では、芸術選奨文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)を受賞するなどの結果を残した。2021年、NTV「news zero」のテーマソングとして“ゆめうつつ”を発表。TBSドラマ「リコカツ」主題歌であるシングル“Pale Blue”をリリースし、Billboard総合ランキング1位、オリコンのダウンロードランキングでは史上初のトップ3独占という記録を残した。また、8月には落語をモチーフとした“死神”のMVを公開した。2022年、PlayStationのCMとして”POP SONG”を書き下ろし、自身も出演。映画「シン・ウルトラマン」主題歌として“M八七”を書き下ろし、TVアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマとして“KICK BACK”を書き下ろした。“KICK BACK”はSpotifyグローバルランキングでTOP50にランクインと国内アーティスト初の記録を達成。さらに、オリコン週間シングルランキング(12月5日付)ではソロアーティストとしては令和初となる初週売上30万枚越えを果たし、初登場1位を獲得。Billboard JAPANアニメチャートでは21週連続首位を記録している。2023年、ジョージアのCMソングとして“LADY”を書き下ろし、「FINAL FANTASY XVI」のテーマソングとして“月を見ていた”を書き下ろした。MVに関しては“Lemon”が8億回再生突破と日本人アーティスト初の記録を更新し続けているだけでなく、1億回再生が16作品という圧倒的な記録を達成し(“Lemon”、“アイネクライネ”、“LOSER”、“ピースサイン”、“灰色と青(+菅田将暉)”、“orion”、“Flamingo”、“感電”、“打上花火”、“パプリカ”、“春雷”、“馬と鹿”、“海の幽霊”、“KICK BACK”、Foorin“パプリカ”、菅田将暉“まちがいさがし”)、YouTubeの公式チャンネルの登録者数は683万人を突破している。