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こんな成熟もアリなんだ

 続く“マイク持つ者よ”は、文字通りMummy-Dのラッパーとしての美学と哲学、そして同時にラップという表現形態で味わえるカタルシスを、圧巻のロジックと実力に裏打ちされたヴァースで轟かせる。

 「俺は説明するのは上手いんだけど抽象画が描けない。そこは自分で気に入っている部分でもあり、短所でもあるんだけど」。

 DJ KRUSHがプロデュースを手掛けた“Bars of My Life”は、その半生から、ウイルスや紛争に覆われた世界の現在に対峙してなおもラッパーとしての進化と成長を宣言するMummy-Dの決意表明までもが凝縮されたアルバムのタイトル・チューン。終盤の畳み掛けが圧倒的だ。

 「これは、ラッパーが64小節をカンペ抜きで歌い切る〈Red Bull 64 Bars〉という企画で、俺がキュレーターを務めたことにかこつける形でKRUSHさんとご一緒するという夢を実現させた曲。武道館のMCでも言ったけど、俺はラッパーとしてまだまだ上をめざしたいんだ」。

 また、“同じ月を見ていた”にはかつてビーフ関係にあるとされていたILL-BOSSTINOをフィーチャーし、互いの出会いの前日譚が歌われている。

 「今作で唯一のゲスト・ラッパーがBOSS。ビーフの着地としてこれ以上に幸福な例はないよね(笑)。このリリックは一瞬で出来たよ。BOSSも曲の意図をすぐに理解してくれた」。

 そしてアルバムの先行シングル“虹色”は、今日のジェンダーやダイバーシティの在り方を全肯定するMummy-Dの眼差しを、斎藤ネコが率いるストリングス隊と共に美しく、力強く鳴らした一曲に。

 「スマホの中ですべてが完結しそうなこの時代の子どもたちを自分なりにどう勇気付けられるか、というところから発想して、ルッキズムやLGBTQについて歌った。もっと言えば、いろんな人がいる世の中で、誰もが幸せであることがいちばんじゃん?ということ。ヒップホップってすごくマッチョな音楽だったけど、最近はLGBTQを公言するラッパーも出てきているし、俺はマイノリティと言われる人たちを冷遇するような態度は絶対に嫌だから」。

 この“虹色”然り、続く“Spread Love”、さかいゆうの客演/共同プロデュースでラストを飾る“Kiss Your Life”然り、ドキュメンタリー性が高い今作を貫くもう一つの軸は、〈愛〉を高らかに全肯定して歌うMummy-Dの姿だ。

 「もういい歳だし、〈開き直っていこう〉という思いと、いまだに紛争や差別に溢れる世界への危機感の両方を歌ったんだ。RHYMESTERには宇多丸が冷静な批評眼を与えてくれる良さがある。ソロはあくまでも俺個人から出てくる表現だから、もう〈甘っちょろい〉くらいの本音でもいいかなって」。

 総じて、この『Bars of My Life』は、一人のヒップホップ・アーティストとして、ラッパーとしてさらなる高みをめざすMummy-Dの現在地が刻まれた記念碑的な一枚となった。

 「本当はもっと馬鹿なことも歌いたかったんだけど、いったんデトックスしないと先に進めなかったみたい。バトルやビーフ、インスピレーションを与え合うのも確かにラップの魅力だけど、〈こんな成熟もアリなんだ〉というひとつの形を、カロッツェリアの一人として示したつもりです」。

参加アーティストの作品を一部紹介。
左から、5月8日にフィジカル化されるDJ KRUSHのニュー・アルバム『再生 -Saisei-』(DJ KRUSH RECORDINGS)、H ZETTRIOの2023年作『BEAT SWING』(apart.RECORDS)、さかいゆうのベスト盤『さかいゆうのプレイリスト[白と黒]』(ユニバーサル)