35年の濃厚なキャリアを誇る〈キング・オブ・ステージ〉の司令塔が初のソロ・アルバムを完成。己の人生と対峙した進行形のドキュメンタリーは何を物語る?

人生とヒップホップへの落とし前

 今年2月、17年ぶりとなる日本武道館公演を大盛況のうちに終えたばかりのRHYMESTER。その司令塔を担うMummy-Dが待望のファースト・ソロ・アルバム『Bars of My Life』をリリースした。グループでデビューして35年、53歳にしてのソロ・デビューである。

 「制作は2018年から始めていたんです。〈50歳でソロ・デビュー〉だとキリがいいと思ったんだけど、俺の〈ブラッシュアップ病〉が止まらなくなって。そこにコロナ禍も挟まり、結局6年かけて磨きに磨きました」。

Mummy-D 『Bars of My Life』 star players(2024)

 制作の動機は、近年、彼の胸中に去来していた〈ある思い〉からだった。

 「ここ数年、司令塔として全力でRHYMESTERを回してきた。その一方、自分のプライヴェートな側面やヒップホップに抱いてきたパーソナルな思いをどこかで形にしたいと思ってはいて。総括と言うとちょっと大袈裟だけど、まだまだ先に進むために、自分の人生とヒップホップに、一度〈落とし前〉を付けておきたかったんだ」。

 日本のヒップホップ・シーンを見回してみても、RHYMESTERのような規模やサイクルで活動している先人はほぼいない。つまり50歳を超えてラッパーとしてのキャリアを更新していくことは、それ自体が未知の領域への挑戦を意味している。

 「気付けば〈俺なんかがレジェンド扱い? なんじゃそりゃ〉という感じ。俺はあまりビジネスに向いていないし、カロッツェリア(職人肌)な男だけど、それならそれでラッパーとして見せられる背中があるんじゃないのかなって」。

 この決意に、ILL-BOSSTINO(THA BLUE HERB)、BACHLOGIC、DJ KRUSH、DJ WATARAI、H ZETTRIO、NAOtheLAIZA、Sweet William、タケウチカズタケ、SONPUB、ミッキー吉野、Nulbarich、さかいゆう、田中義人、斎藤ネコら、「どうしても頼みたかった人たちに声を掛けました」という錚々たる多彩な顔ぶれがプロデュースやトラックメイク、演奏で応えている。そうして出揃った12曲では、Mummy-Dの幼少から今日まで、その過程で恋い焦がれたヒップホップに対する憧憬や愛情、葛藤までもが歌われている。つまり本作は、まさに彼が送ってきたヒップホップ人生、その迫真の〈ドキュメンタリー〉なのだ。

 「そういうものになるかもしれないとは薄々思ってはいた。でも、ここまでリアルになるとは自分でも思っていなかった」。

 いくつかの楽曲をピックアップして紹介したい。まずオープニング・チューンの“O.G.”。アナログ・レコード特有のノイズのなか、〈ラップじゃないんだ ヒップホップだ〉と繰り返されるリリックは、前述したドキュメンタリー性、さらに現在のヒップホップへと物申すMummy-Dのアティテュードをシリアスに提示する。

 「〈ヒップホップ〉とはジャンルやテクニックではなく文化であり生き方なんだ、というのが半分。もう半分は、俺が持っている違和感を言葉にしました。例えば世間でこの種の音楽を軽視する人って必ず〈ヒップホップ〉じゃなくて〈ラップ〉って言うよね。世界的な傾向としてもジャンルを表す際〈Rap/Hip Hop〉と書かれていることが多くて、ラップが優位に立っているし、ヒップホップという言葉があまり使われなくなってきている。そこにすごく違和感がある。あくまでヒップホップで、ラップは本来、歌唱法だからね。アナログのノイズはヒップホップが持つ音楽未満だからこその魅力の象徴。俺の中では〈音楽〉になり過ぎちゃうのはヒップホップじゃないから」。