拠点をLAへ移した途端に起こった世界的な変化のなか、それでも側に在り続けたのは音楽――新しい日常に相応しいのは、きっとこんな風通しの良いグルーヴだ!

新しい日常に馴染む曲

 2019年12月に自身最大規模となるさいたまスーパーアリーナ公演を成功させ、名実ともに〈NEW ERA〉を代表する〈H.O.T〉な存在となったNulbarich。その後、バンドの中心人物であるJQは制作拠点をLAに移し、新たなステップに踏み出したわけだが、世界中を覆った新型コロナウイルスの影響が、彼の意識をさらに一変させることとなった。

  「(制作環境をLAに移した)いちばんの目的は、日常のなかで無意識にインプットされる情報を変えたかったから。生活にせよ文化にせよ、無意識に入ってくるものは人間を形成するうえで重要だし、楽曲にはそれがかなり反映されると思っていて。僕自身、ある程度ルーティン化されていた活動に変化をつけたかったのもあって、LAなら街を歩くだけでも刺激になるだろうと向こうに行ってみたら、自分から変えようとしなくても世の中が変わってしまって(苦笑)」。

 当初予定していたライヴのスケジュールは軒並みなくなり、出入国の規制によりLAと日本の往来でさえも不自由な状態に。しかし、そんな状況下においてもなお、JQのそばにあり続けたのは音楽だった。「急に地球の重力が変わったぐらいの変化だったじゃないですか。最初は気持ち的にすごくカオスだったけど、もうしょうがないと思うしかないなって」と語る彼が、その新しい形の日常に身を馴染ませていくなかで作り上げたのが、今回のニュー・アルバム『NEW GRAVITY』だ。純然たるNulbarichの楽曲で構成された〈Disc-1〉、他のアーティストとのコラボレーションやリミックス楽曲を集めた〈Disc-2〉から成る2枚組、全19曲となっている。

 「今までは〈ライヴでかっこいい曲〉という指針で作っていたけど、2020年に関してはライヴができない環境で自分に響く曲を作ったので、いわゆる〈リビングルームで聴いたときに気持ち良い曲〉みたいなものが自然と増えましたね。音がごちゃごちゃしてなくてシンプルな構成、曲自体もそんなに長くないっていう。それと日本にいたときは、自分のスタジオで音を爆音で鳴らしながら曲を作って、ある程度出来たところでメロディーと歌詞を書く流れだったんですけど、LAではスタジオもロックダウンしていたので、家で小さいキーボードやギターを弾きながらメロディーや歌詞を詰めて、スタジオが空いたときに一気に録る作り方になって。そのやり方だとアレンジの時点でメロディーが完成してるので、音を足す必要をあまり感じなくて、曲もよりシンプルになりました」。

 その言葉通り、今作で初出の新曲群に感じられるのは、これまで以上の親密さ。しなやかなグルーヴに穏やかなトーンの歌声が絡む“CHAIN”、揺らめくエレピとブルージーなギターが黄昏色を注ぐダウンテンポ“Lonely”、〈お望み通りかどうかは out of warranty yeah〉というフレーズがJQらしいレイドバック・ファンク“Mumble Cast #000”など、Nulbarich流のチル・トラックが、重々しい日々にさらされた気持ちをほぐしてくれる。なかでも軸となるのは、ストリングスを交えたエレクトロニック・ソウル“TOKYO”。マーヴィン・ゲイの名がリリックに織り込まれたこの曲は、実はJQがNulbarichを始める前に書いていたものだと言う。

 「音楽に夢を見て、がんばってる自分に対して作った曲で。親元を離れて、一人でひたすら音楽を作っていた時期、家を出たからには何かしらの成功を提示しなくてはならない葛藤があって。それがLAに来て、右も左もわからない状況の自分とリンクしたので、〈これを今歌いたい〉と思ってアレンジしました。リリックに〈自由は実は不自由で〉ってありますけど、人間って〈何でもあり〉って言われると、自分で自分を制御しないといけないから、ある程度縛りがあったほうが楽だと思うんですよ。この曲を書いたときの僕は何にも縛られてないぶん、自分でがんばらなくちゃいけないから、全然自由じゃないなと思って。とはいえ、その人生から抜け出したいとは全然思わなかったし、僕のなかでは、曲が出来上がったときの感覚を味わえるのなら、どんな辛い思いをしても続けたいっていう」。

 そして〈Disc-1〉の締めに置かれた“In My Hand”もまた、“TOKYO”と同じ時期に書いた歌詞をリメイクした楽曲だ。

 「これは自分が音楽をやる理由みたいな曲ですね。いわゆる嘆きソングというか。憎しみと悲しみが先にあって、喜びと幸せがそれを追いかけている世の中のバランスに対して思っていることを、そのまま歌うっていう。LAでBLM(Black Lives Matter)のデモや暴動を目の当たりにしたんですけど、今年のグラミーでBLMについての楽曲が結構ノミネートされたのを見て、世の中に何かあったときに名曲が生まれるバランスに僕は苦しんだんですよね。(マーヴィンの)“Mercy Mercy Me(The Ecology)”や“What's Going On”もそうですけど、結局僕たちアーティストは、世の中が幸せだといい曲を生めないんじゃないかって。そんなときに掘り起こしたこの曲のリリックが、すごく等身大でいいなと思って。何が正解なのかわからない状態だけど、答えは探さないでいいし、感じたものを音楽にしていくことによって、僕は生きているバランスを取っているんだっていう」。