
創作と歌うこと以外に興味がない稀有な才能
――レコーディングは羽毛田さん、土屋さんがいろいろと試行錯誤しながら進めていくのが通常運行だったと。ちなみに作業をスタートさせるにあたって、このことを心がけていた、といったものなどがあったら教えていただきたいのですが。
土屋「彼女の曲は、当初はポップス的な要素が欠けているわけです。〈生きるか死ぬか〉みたいな、通常のポップスとは異質な世界から生まれた曲ですから。でも羽毛田さんの手にかかると、見事にポップミュージックになってしまう。究極のイージーリスニングみたいなものを得意とする人なので、むしろ歌や演奏がアベレージ的だったりするとうまくいかないんじゃないかな? 〈イージーリスニング〉って日本ではあまり良い意味で使わないこともあるけど、世界的にとても評価を得ているサウンドなんです。
いま思い出したけど、ミックスで羽毛田さんがサウンドをチェックして、僕が歌のチェックをし終えたときに鬼束がいたことは一度もなかったね(笑)。楽曲の創作と歌うこと以外に興味がない。そこを委ねてしまえるところが特別な才能なんですけど、意図的に任せているということもなく、単に関心がない」
羽毛田「この仕事をやり始めてからこういう人と会ったのははじめてですよ」
――その辺りはDVDでも見受けられましたね(2003年にNHKでオンエアされたドキュメンタリー「神が舞い降りる瞬間~鬼束ちひろ・22歳の素顔~」を収録したDVDがボックスセットに同梱されている)。
土屋「そこに助けられたところも大きいんです。シンガーソングライターにとって曲は自分が産んだ子供だし、仕上がりがどうなるかまで追っかけていくのが普通なんですけど。鬼束は曲を書き終えたら、歌う人に切り替わっているんでしょうね。歌うときにはそれに夢中になって、曲を作ったことすら忘れている。稀有な例だと思うんです」
羽毛田「もう一回歌って、って言ったら文句言わずに何回でも歌うし」
――そういったやりとりを続けながら歌い方を調整していったんでしょうか?
羽毛田「調整とかもないんです。普通は〈サビに行くのに感情が入れにくいからAメロは全部歌わせて〉とかありますよ。でもこっちが〈この一言だけちょうだい〉って言ったら、ハイってやってくれる。〈頭からもう一回くれる?〉って指示しても大丈夫。かといって、この人たちに任せているから、って信頼が感じとれるわけでもない。何のこだわりもない。だけど曲のタイトルとかに関しては異常なまでのこだわりを持っていたりする」

“GODS CHILD”から“聖痕”、そして“月光”へ
――“月光”がもともと“GODS CHILD”というタイトルだったってことを今回、本人が弾き語りで録音したデビュー前の音源を収めているカセットテープを聴いて知りました。
土屋「カセットが届いたときにそういうタイトルでした。ドラマ(テレビ朝日系金曜ナイトドラマ『トリック』)のテーマ曲に抜擢された影響で変わっていったっていう経緯なんですけどね。そういった場合、番組サイドからの〈こうしてほしい〉という要望があるじゃないですか、歌詞にこういうフレーズを入れられないか、とか。そういうのに対応できないタイプだとわかっているから、僕のところである程度調整しましたけどね。
そうそう、〈先方は日本語のタイトルを希望してる〉って彼女に伝えたら〈聖痕(せいこん)〉って案が返ってきた。これは〈読みにくいし難しい〉って言われるだろうな、と思ったらやっぱりそうなって(笑)。少しだけ不機嫌そうに出してきたタイトルが〈月光〉でした」
――ハハハ。
土屋「そのセカンドシングル(“月光”)がすごく売れてしまったわけですけど、代表作が早く出てしまうってことに対するリスクというか、なるべくそうさせたくないというプロデューシングマインドが働いて、〈彼女はこの曲だけじゃないよ〉ってアピールすることを意識するようになっていくわけです」
羽毛田「そこはすごく話しましたね」
土屋「デビューアルバム(『インソムニア』)は素晴らしい内容になったけど、これも売れてしまったんで、セカンドアルバム(『This Armor』)は意図的にいろんな方向に振ったというか、バリエーションを広げたんですよ」
――躍動感のあるアップチューン“everything, in my hands”やスケールの大きなオーケストレーションに彩られたバラード“infection”、ゴスペルチックな世界観を持った“CROW”などバラエティーに富んだ作品になっていますね。
羽毛田「裸足になって歌ったりするし、エキセントリックな感じに受け止められていたところもあったと思うんですけど、僕は国民的な歌手になれる逸材だと信じていた。彼女には普遍的な魅力のあるシンガーソングライターになってもらいたいと、ただそれだけを願っていました」
――しっかりと彼女の歌にフォーカスした作りになっている3作目『Sugar High』などには、そういった思いが滲んでいる気がするんです。
羽毛田「そうです。例えばマライア・キャリーのような、ジャンルと関係ない歌うたいになってもらいたいってことはいつも相談していましたね」