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お金では立ち上がれない。僕には歌しかない

――それは、アルバムで言うと『HUNGRY』(85年)から『STAY DREAM』(86年)の頃のことですか?

「そうです。あの頃はバンドとして自分がどうやっていくんだとか、夢とお金の現実的な問題、そのときに自分の母が衰弱していくとか、ダブルパンチぐらいになって。

僕はこうやって歌うために生きてきたので、全く銭の計算ができなかったんですよ。未だに得意ではありませんけれども。そうすると、そういう部分での確執が生まれてきますよね。それで、〈こんな世界やってらんないよ。もうやめた!〉って、デビューして初めて挫折したんです。

その当時、大川奘一郎という一時代を築いたカメラマンが僕をすごく開放してくれたんですけど、〈俺やめるわ。鹿児島に帰る〉〈どうした、剛?〉って言いながら、彼と一緒に鹿児島市内の桜島が見える場所に座って、〈これで終わりだ〉って後ろから写真をもらったんです。

それで家に帰ってピアノの前に座ってCのコードをバーンッと叩いて、〈死んじまいたいほどの〉って叫んだ瞬間に、Aマイナーの方に行って、〈苦しみ悲しみ〉と続いて、そこから“STAY DREAM”が出来上がって、〈よし!立ち上がろう〉って、こんなもんなんです、アーティストなんてものは」

――自分の感情をぶちまけたものが、自分を奮い立たせて結果的に人の心を感動させる曲になったわけですね。

「自分が腰砕けになったとき、お金では立ち上がれないですよ。友だちか、歌、ダンス。強いて言えば僕の場合は歌しかないです。歌というものは、それぐらいに自分の立たない腰を立たせるものなんです。

そのことを本気で歌うことによって、同士が拳を上げる。つまり僕はそれを総称して、〈弱虫の歌〉なんだと言っているんです。弱虫たちの歌を作ることによって、全国で一生懸命に自分の弱さを呪うように歌っていったら、拳が上がるようになったという、僕の中のストーリーがあるんです。だから歌というものに対して、そこだけは絶対に揺るぎない信念を抱いてます」

 

かぶりついたリンゴはどこに投げる? そうだ、〈常識〉に投げよう

――“黒いマントと真っ赤なリンゴ ”のMVでリンゴの被り物をして振り付けするシーンは衝撃的でしたけれども。

「そうですか(笑)。あれはまあ遊んじゃった感じですね。“Black Train”のMVをアメリカに行って撮った鈴木(利幸)くんが今回も監督をしているんですけど、彼と打ち合わせをしたときに、〈剛さん、これリンゴの被り物したら面白いんじゃないですか?〉って言ってきて、〈いいね、やってみようか〉って意外とそんなノリでした。バンドのメンバーもサングラスをかけて照れながらも、心の奥底にやりたいオーラが出てるんですよね(笑)。意外と何テイクも撮っちゃいました」

――〈黒と赤〉は〈悪と正義〉とか、いろんな想像ができる曲だと思います。

「基本はやっぱり反骨の魂があるんでしょうね。ふざけんなよとか冗談じゃねえよっていう怒りは内包していて、ときにそれを歌うことが嫌になってくる自分がいるので、少し斜めから笑ってたいなとか、力を抜きたいなっていうのはずっとあったんです。それで〈黒いマントを破りすて 真っ赤なリンゴにかぶりつき〉ってサビができちゃったんですよ。そこから、〈かぶりついたリンゴはどこに投げる?〉って、誰かと話していて、あいつでもないこいつでもない、そうだ、〈常識〉に投げようと。〈その投げつけたリンゴはどうなる?〉〈転がるんだよ〉〈転がったリンゴはこの社会じゃ踏みつけられるんだ〉って、そういう会話からバーッてサビが出てきました」

――“ステンドグラス”はエレクトロな雰囲気で異色な曲ですが、これは打ち込みですか?

「ほとんど打ち込みを使っていて、アレンジャーと一緒に作って、もう2、3年ぐらい前にある程度完成してたんです。それをリミックスと歌いなおしをして、いつか出そうと思ってた曲です。これはどっちかっていうとインナーな、部屋に籠ったタイプの曲で、僕は結構好きですね。まだライブでは歌ってないですけど、今年のツアーではバンドの演奏で歌うつもりです」