SAKUraのサウンドを支える山川恵津子が明かした、編曲の美学
作編曲家、山川恵津子の作品集『編曲の美学 山川恵津子の仕事』が5月29日、タワレコ限定でリリースされる。ポニーキャニオンとビクターから2作品同時発表となる本作は、山川のこれまでの仕事をまとめたもの。女性のアレンジャーが珍しかった時代から活躍する彼女に、これまでのキャリアを振り返ってもらった。
「高校2年生のとき、ヤマハの〈ポピュラー・ソング・コンテスト〉に出場して、そのときにフロントに立つのとは違う形で音楽に関わりたい、それならアレンジャーになりたいと思うようになりました。その後、ヤマハの研究室に所属して、〈ポプコン〉に応募してくるアマチュアの方が作った楽曲のアレンジをしたり、同時にキーボード・プレイヤーとして谷山浩子さんや八神純子さんのバック、コーラスのサポートをしたりもしていました」。
山川はその後、同じバック・バンドのギタリストだった鳴海寛と、82年にデュオ、東北新幹線を結成。現在ではシティ・ポップの名盤と呼ばれる『THRU TRAFFIC』を残し、同時に本格的にアレンジャーとしての仕事をスタートさせる。だが、いずれはアイドル・ポップスのアレンジをしたいと思っていた。当時はそちらがメインストリートで、そこにいかないと仕事にならなかったのである。また、当時の日本では女性のアレンジャーとなるとほぼ皆無の時代。ゆえに山川恵津子はそのパイオニアとも呼べる存在だった。初期のアレンジャーとしての印象的な仕事に、アグネス・チャンの83年のアルバム『Girl Friends』がある。
「あれはアグネスの〈スタッフ全員女性で作りたい〉という意図でスタートしたアルバムだったそうです。作詞や作曲はもちろんエンジニアに至るまで全部女性で固めて。だけど女性のアレンジャーが見つからず、音楽出版社の人が調べたら、かろうじて私1人だけいた!ということでオファーが来たんです」。
そして85年にはビクターの新人、岡本舞子を手掛ける。
「舞子ちゃんのディレクターは、かなり音楽的に高い要求をしてくる方でした。彼女は何でも歌えるシンガーでしたし、凝った作品が作れたと思います。それにあの時代の制作の方たちは、ヴィジョンも指示の仕方も、すごくはっきりしていました。アレンジャーに振るのも決め打ち。いまだとコンペが主流だし、そのなかで勝ち取っていくのも大変ですけれど、決め打ちだとアレンジャーに来る圧も全然違ってきます。少なくとも方向性で迷うことはありませんでした」。
この年、山川恵津子は小泉今日子の“100%男女交際”で、日本レコード大賞の最優秀編曲賞を受賞。また同時期におニャン子クラブの仕事もスタートしている。
「おニャン子は〈夕やけニャンニャン〉がスタートする前、〈オールナイトフジ〉の高校生版のような番組を作るということで、ディレクターから話をいただきました。トータル面を秋元康さんが担い、音楽面に関しては、私と後藤次利さん、佐藤準さん、新川博さんなどで協力してほしいということでした」。
グループからソロまで、数々の楽曲を提供してきたが、なかでも注目を集めたのは渡辺満里奈のソロ作品群。アルバム『EVERGREEN』(87年)では全編の楽曲を手掛け、初期・渡辺満里奈の世界観を構築した。
「満里奈ちゃんは、ソロをやるにあたって、おニャン子の団体戦っぽい賑やかな感じではなく、ジャケットもイギリスのハイスクールの制服っぽいヴィジュアルで、音楽もお洒落な雰囲気にしたいという話になり、私に依頼が来たようです」。
編曲の仕事でよく誤解されることだが、基本、曲のイントロは作曲家ではなくアレンジャーが作る。その点はリスナーにわかってほしい、と山川は語る。
「特にアイドルの曲はイントロが勝負。最初に聴かれる部分ですし、そこで耳を惹きつけなくてはいけないから、思い切り素晴らしい玄関を作っておく必要があるんです。見た目は豪華で人目を引く玄関を作ることで、まだ歌手が歌う前にキラキラを持たせなきゃいけないんです」。
そんな山川に、アレンジャーの仕事の魅力について伺った。
「アレンジャーの仕事って、楽器もリズムやテンポも決まっていない状態で、全部作っていかなきゃいけない。最初の段階で、楽曲の最終形を汲み取る力が必要なんです。音楽の完成形を作れるのはアレンジャーしかいない。高校生の頃、そこに魅力を感じて私はアレンジャーになりたいと思ったし、それがアレンジの美学でもあるんです」。
左から、東北新幹線の82年作『THRU TRAFFIC』(フィリップス/ユニバーサル)、アグネス・チャンの83年作『Girl Friends』(SMS/ブリッジ)、岡本舞子の85年作『ハートの扉』(ビクター)、小泉今日子の86年作『Liar』(ビクター)、渡辺満里奈のベスト盤『GOLDEN☆BEST 渡辺満里奈』(ソニー)
山川の仕事を含む近年の作品を一部紹介。
左から、伊藤蘭の2023年作『LEVEL 9.9』(ソニー)、ジャンクフジヤマの2023年作『DREAMIN’』(ポニーキャニオン)