Don’t Call It A Comeback
最初のラップ・アイドルとも言えるレジェンド、LLクールJがここにきて11年ぶりの新作を完成! あのQ・ティップが全面制作した『THE FORCE』にはどんな力が宿っている?
GOATという言い回しを聞いてLLクールJを思い出したという人は年季の入ったリスナーに違いない。もともとNBAなどスポーツ方面で使われていた言葉を冠した2000年の『G.O.A.T. (Greatest Of All Time)』は、LLクールJに初の全米No.1を授けたアルバムだった。まだ20年近くもトップを張り続けるラップスターが存在しなかったその当時においては、彼が〈史上最高〉の称号に相応しい存在だったのは間違いない。一方で、2013年の『Authentic』以降の彼は俳優業や司会業に軸足を移していたわけで、近年のリスナーにその威信がまるで伝わらないのは、流れの早いシーンであることを加味しなくても仕方がないだろう。2016年にレコーディング引退を宣言する前後には『G.O.A.T. 2』なるタイトルの新作も予定されていたが、引退を取り消して“You Already”(2016年)を発表して以降の彼は大御所然とした話題が中心で、2017年にヒップホップ・アーティストとして初めてケネディ・センター名誉賞を贈られ、2019年に古巣デフ・ジャムへの復帰が報じられてからも具体的な動きは見えない状態であった。
実際はその間に“Zoom”(98年)で組んだドクター・ドレーとのタッグで数十曲を作っていたそうだが、結局そちらは実を結ばず。そこで代わりに選ばれたのがQ・ティップだ。同じヴァイオレーターに所属していたこともある両者だが、公式な音源上での手合わせはこれが初めて。LL本人が語ったところによるとATCQの故ファイフが夢の中に出てきたことから共演を思いついたそうだが、2023年の〈ヒップホップ50周年〉に前後して情報が出てからもアルバムは延期を重ね、最終的にQ・ティップがエグゼクティヴ・プロデュースと全曲の制作を務める形で完成した『THE FORCE』は実に11年ぶりのアルバムとなった。
先行シングル“Saturday Night Special”はキャラヴァン“Bobbing Wide”をネタ使いしたドラマティックな流れにリック・ロスとファット・ジョーを招き入れていたが、アルバムでも大物たちが要所に配されている。オープニングの“Spirit Of Cyrus”ではGファンク感も匂わせたドリフト調のビートでスヌープ・ドッグと柔和に絡み、ロッキッシュな“Huey In Da Chair”にはバスタ・ライムズ、さらには同郷のナズ、エミネムと、後輩レジェンドたちを各曲に招集。他にも“Black Code Suite”でコラ奏者のソナ・ジョバルテを招き、往年のLadies Loveぶりを示す“Proclivities”では“Jingling Baby”を口ずさみながらスウィーティーが登場するなど、多彩な楽曲がアルバムに相応な起伏を持ち込んでいるのもポイントだ。
一方で、ストロングスタイルの太い主軸が根本的なLLの持ち味を存分に引き出しているのは言うまでもない。Q・ティップの“End Of Time”を想起させるウマーなビートの“The FORCE”では、フックにマイケル・ジャクソン“Don’t Stop ’Til You Get Enough”の語りを引用しながらストイックに突進。先行カットの“Passion”では「ワイルド・スタイル」や「スカーフェイス」の時代からマイクを握って、スミソニアン博物館に肖像画が飾られるまでになった自身の軌跡に改めて目線を送りつつ、イージー・EやDMX、アンドレ3000らにも言及してカルチャーへの愛を見せながらLLらしいスピットを真正面から叩き込んでいる。
本人も「あえて追求してないけど現代的なものになったと思う」と語る通り、トレンドとは無縁ながらも全体がモダンな感触に仕上がっているのはQ・ティップの手腕も大きいだろう。LLにとっては『Mama Said Knock You Out』(90年)以来のワン・プロデューサー作品であり、そうした1+1をベースにしたラップ・アルバムのシンプルな魅力や楽しさも改めて実感させられる。84年11月に16歳で最初のシングル“I Need A Beat”をリリースしてからちょうど40年。この域に達したラッパーは彼の他にまだ誰もいない。