名盤と称され、〈みんなの〉お気に入りとなった音楽はいま〈彼女の〉もとに戻った。
一人だけで歌い、演奏した『My Favorite Things』に滲む世界への理想像とは?
今年2月、キャリア史上最高傑作と評するにふさわしいアルバム『Your Favorite Things』を発表した柴田聡子。ブラック・ミュージックなどへ接近しつつ自身の音楽世界を最大限に深化させてみた同作を経て、彼女が早くも新たな作品を届けてくれた。その新作の名は『My Favorite Things』。タイトルからもわかる通り、前作と深い関係を持ったアルバムだ。〈あなたたち〉と共に作った作品を経て、〈私〉の音楽を見つめ直す――。これまでもギター弾き語りなどで〈ひとりぼっち〉のライヴ活動を行ってきた彼女が、みずからの作品『Your Favorite Things』収録曲を、たった一人だけで歌い、演奏したのが本作である。
「こういうアルバムを作ってみようというアイデアは、実は前作の制作の最終段階ですでにあったんです。プロデュースを務めてくれた岡田拓郎さんやスタッフさんが、ふとしたときに〈弾き語り版も聴きたいですね〉と言ってくれたのがきっかけ。でも、いざやろうとすると、これまでいかに勢いだけで弾き語りをやっていたかというのを痛感することになって……。ほとんど独り相撲のようなもがきでしかなかったな、と。けれど今回初めて、アレンジや演奏を含めて〈音楽〉としての一人の表現とは何なのか、そこで伝えるべきエモーションとは何なのかを深く考えることになりました。そういう意味で、確かにほとんどが弾き語りで作られてはいるんだけど、いわゆる普通の〈弾き語り作品〉とは少し違うとも思っているんです」。
その言葉通り、今作で聴ける柴田の演奏・歌唱は、これまでのパフォーマンスと大きく異なっている。ギターの演奏や発声、ときおり織り交ぜられる鍵盤やプログラミングにいたるまでのすべてが、かつてないほどの繊細なニュアンスを堪えているのだ。
「このアルバムも岡田さんが共同プロデュースしてくれたんですが、ここはこう弾いてみてとか、こういうサウンドに聴こえていますとか、そういう具体的な言葉をもらいながらやっていきました。打ち込みで作った今回の“Side Step”に関しては、私が作ったデモを元に、岡田さんの考えたリズムやループを重ねていきました」。
手作り感溢れるその“Side Step”を含め、全編に通底するDIY的な手触りは、ある種の〈民藝品〉を彷彿させるところがある。
「まさにいま、岡田さんと私のなかで〈民藝〉というのは熱いキーワードなんです。岡田さんにチケットをもらって、〈アフロ民藝〉をテーマにしたシアスター・ゲイツの展覧会を観に行ったんですが、もう、完全に視界がバッと開けていくような体験でした。こうやって表現の世界が繋がっていくんだって思って、すごく感動したんです」。
〈民藝〉とは、名もなき人々による手仕事の工芸品を指す。当の柴田も、みずからのことを〈特別なアーティスト〉と認識したことはないのだという。
「なにか特別なものを代表している自覚は全然なくて、あくまで〈たくさんのなかの一人〉のつもりでやっているんです。なんだろう、力を持った特定の人が作った巨大な創作物がドンと君臨しているんじゃなくて、たくさんの人たちが各々作ったものがいつの間にか綺麗な形を成しているみたいな……そういう状態を夢見ているし、私もそういう表現の一端を担っていたいという気持ちがあります。そう言いながら、自分の名前を出してこうやって一人で音楽を作っているわけだし、そこに矛盾があるのもわかってはいるんですけどね……(笑)」。
その〈矛盾〉への自覚こそが、柴田聡子というシンガー・ソングライターの個性を形作っているようにも感じる。彼女の歌からは、一人であることの強さ、脆さ、尊さ、しぶとさが聴こえてくる。
「一人でいると、すごく寂しくなってつい泣いてしまうこともたくさんあります。でも、最近はそういう自分を自分自身で発見して、〈しめた、この寂しさは私だけのものだ〉って、〈一人でいること〉を味わえるようになってきました。寂しさだけじゃなく、いろいろな感情を諦めないで持ち続けることって、本当はとても尊いことだと思うんです。私にとって、その感情を出せる場が、音楽を作ったり、ものを書いたりすることなのかもしれないですね」
柴田聡子の作品を一部紹介。
左から、2024年作『Your Favorite Tgings』、2024年の7インチ『Reebok/Reebok (tofubeats remix)』2022年作『ぼちぼち銀河』(すべてAWDR/LR2)、2014年作『いじわる全集』(柴田聡子)
柴田が客演したパソコン音楽クラブの2024年作『Love Flutter』(HATIHATI PRO./SPACE SHOWER)