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『Red』は行き詰まりと転換点を示したアルバム

1974年のクリムゾン解散後、フリップはブライアン・イーノやデヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズなどとの共演を重ね、後のポストパンクを先取りするような音楽性を築き上げていく(サイモン・レイノルズが名著「ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984」の序文で指摘しているように、ポストパンクとプログレッシブロックは音楽的には地続きのものだった)。

1981年、再結成したクリムゾンの初作としてリリースされた『Discipline』は、ファンク寄りのポストパンク形式をミニマル音楽(スティーヴ・ライヒ的なもの)やガムラン/ケチャで拡張した作風で、過去のクリムゾンとは比べものにならないくらい高度なグルーヴ表現により、驚異的で充実した内容の作品に。

KING CRIMSON 『Discipline』 E.G./Warner Bros.(1981)

続く『Beat』(1982年)、『Three Of A Perfect Pair』(1984年)、そして名ライブ作『Absent Lovers: Live In Montreal 1984』(1998年)とともに、1970年代までの叙情を排した作風がプログレ方面のファンから酷評される一方で、1990年代以降のポストロック/マスロックの重要な雛型となった。21世紀のインディロックや邦楽ロックの流れにおいては、1970年代までの(黄金期とされることが多い時期の)作品よりも、むしろこちらのほうが重要だと思われる。

1983年に解散、1994年に復活してからのクリムゾンは、上記すべての音楽性を自己模倣しつつ、総体としてはかつてなく個性的な構造を錬成する音楽的探求を続けてきた。『Red』はヘヴィメタルの草分けだった、というフリップの主張に基づき、この時期の音楽性は〈メタルクリムゾン〉〈ヌーヴォメタル〉などと呼ばれたが、他に比するものがないくらい入り組んだ音楽スタイルは、彼らの影響下にあるトゥール(2001年に一緒にアメリカツアーを行っている)やメシュガーよりも難解で、一般的なメタルのイメージからはかけ離れている。

こうした求道的な活動がひと段落したということか、2011年に解散、2013年に再始動してからのクリムゾンは、長く封印していた1970年代の名曲群を再び取り上げ、トリプルドラム編成で再構築する活動で大きな人気を博した。ギャヴィン・ハリソン(ポーキュパイン・ツリー)やビル・リーフリン(スワンズやナイン・インチ・ネイルズでも重要な仕事をしたマルチプレイヤー)も参加したこの編成は、伝統と革新を両立させたパフォーマンスが素晴らしく、スタジオアルバムの制作は叶わなかったものの、優れたライブアルバムを多数発表。2021年11月〜12月の日本公演を最後に、現時点では再始動の予定がない状態となっている。

というふうに活動史を俯瞰してみると、キング・クリムゾンは1970年代から今に至るロック周辺の楽器表現に絶大な影響を与えていることがよくわかる。『Red』はそうした流れの前半部を象徴し、バンドにおいても当時のとりあえずの行き詰まりと転換点を示した作品だと言うことができるだろう。