(左から)ジョン・ケイル、ブライアン・イーノ、ジャー・ウォブル

ブライアン・イーノ&ジョン・ケイルの90年作『Wrong Way Up』と、イーノ&ジャー・ウォブルの95年作『Spinner』という2作のコラボレーション・アルバムがリイシューされた。それぞれ、リリースから25周年と30周年を記念して、ボーナス・トラックが追加された高音質UHQCD仕様の〈エクスパンデッド・エディション〉としてよみがえっている(『Spinner』にはウォブルの新録曲“Lockdown”が収録)。

Mikikiはこのリイシューを機に、両作とブライアン・イーノというアーティスト、そして彼が生み出した〈アンビエント〉という概念についての対談を実施。語り手の一人は、〈俗流アンビエント〉の提唱者であり、先日刊行された『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』に携わるなど、八面六臂の活躍をしている音楽ディレクター/ライターの柴崎祐二。もう一人の語り手は、批評誌「LOCUST」の編集長で、Mikikiにコラム〈The 1975『Notes On A Conditional Form』に潜む「エモ=アンビエント」というコンセプト〉を寄稿してくれた新進気鋭の批評家、伏見瞬だ。

エリック・タムの著書「ブライアン・イーノ」や「波の記譜法――環境音楽とはなにか」など、2人が持ち寄った参考文献を傍らに積み上げて繰り広げられた軽妙かつガチなトークを、ぜひ楽しんでほしい。


 

ブライアン・イーノ&ジョン・ケイル

気まぐれな2人が作った『Wrong Way Up』

――まずはジョン・ケイルとの『Wrong Way Up』から話しましょうか。

柴崎祐二「これ以前、イーノはU2とかネヴィル・ブラザーズ※1とか、すごくフィジカルな人たちと仕事をしていたんですよね。アンビエント・シリーズが一段落してやり尽くし、オリジナル・アルバムを5年ほど出しておらず、外仕事ばかりやっていた。

当時のインタビュー※2を読んで、迷いがあった時期なんだろうなと感じました。そんなときにケイルから話がきて、そこに乗ったと」

※1 89年作『Yellow Moon』。ダニエル・ラノワがプロデュースし、ブライアン・イーノが参加
※2 ブライアン・イーノのレーベル、オパール・レコードのメディア「Opal Information #17」(90年)に掲載。『Wrong Way Up [Expanded Edition]』国内盤のライナーノーツに再録されている

伏見瞬「そもそもはケイルからオーケストラを使いたい旨の相談があって、イーノがソ連のオーケストラをケイルに紹介したのが始まりみたいですね。〈一流だけど、お金はかからないよ〉と。結局イーノがケイルの『Words For The Dying』(89年)のプロデュースもして、次にこのアルバムを作った」

BRIAN ENO,JOHN CALE 『Wrong Way Up [Expanded Edition]』 All Saints/BEAT(2020)

柴崎「80年代のケイルは一般的に迷走気味だったとされていて、イーノはイーノで異種格闘技的な仕事に熱中していた。なのに、すんなり再会して70年代ロックっぽいアルバムを作ったというのが友情物語ですね(笑)」

伏見「ただ、制作中は喧嘩していたそうですね。ケイルが振り返ったら、ナイフを持って立っているイーノがいてびっくりしたとか(笑)」

柴崎「ケイルは野性的かつ気まぐれで、思いつきで行動するから辛かった、とイーノが語っています。イーノはじっくりやる人なので」

伏見「その後、アルバムのツアーをやろうとしていたのに、イーノが反故にしちゃって、ケイルは怒ったそうですね。

2人とも気まぐれなんでしょうか。ジャー・ウォブルも、みんなアルバムを2枚作ってバンドを辞めています(笑)。イーノはロキシー・ミュージック、ケイルはヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ウォブルはパブリック・イメージ・リミテッドですね」

 

『Wrong Way Up』の明るく牧歌的な他に得難いサウンド

――音楽的にはいかがでしょう?

柴崎「『Wrong Way Up』には、制作当時のテクノロジーが持ち込まれつつも、70年代中盤に2人がコラボして作っていた歌モノ作品の質感がある。僕はプレ・ニューウェイヴの狭間的な時代のロック・サウンドがすごく好きで」

伏見「ソングライティングが70年代的なんですよね。それを当時のサウンドでやっている」

柴崎「あと、ブリティッシュ・フォーク的な感じもあって、英国の田園のイメージが彼らのフィルターを通って提示されているように思える。他に得難い作品ですね」

伏見「良い意味で能天気な、南国のリゾート音楽みたいな作品ですよね」

――まるでトーキング・ヘッズのような曲も収録されています。

伏見「90年当時の〈ワールド・ミュージック〉という感じですよね。ポール・サイモンっぽさもあります」

『Wrong Way Up [Expanded Edition]』収録曲“Been There Done That”

柴崎「イーノはコンセプチュアルなノン・ミュージシャンなので、こういう明るい作品をミュージシャンとして作ったことで、セルフ・セラピー的な効果があったんじゃないかと思います。

それに、イーノは昔からストレートな8ビートとか、ロックンロールのクリシェが大好き。それは同時にケイルの個性でもあって。このアルバムには、まるでファッツ・ドミノみたいな曲も収録されていますし」

伏見「2人ともドゥーワップや初期のロックンロールが好きなんですよね」

『Wrong Way Up [Expanded Edition]』収録曲“Crime In The Desert”

 

ロック史のはぐれ者、異才ジョン・ケイル

伏見「ヴェルヴェッツ(ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)ではルー・リードがロックンローラーで、ケイルが現代音楽を持ち込んで対立したと語られるけど、実はそうじゃない。ケイルのソロ作を聴くと、とてもメロディアスなものが多い。

乱暴なアナロジーですけど、ルー・リードとケイルって、ジョン・レノンとポール・マッカートニーみたいなんです。ルー・リードは楽曲構造がシンプルで言葉の強い音楽を得意としていて、ケイルは洗練された柔らかい曲を作る」

柴崎「ケイルは実験音楽的な文脈で語られすぎるので、長いこと日本のロック・ファンは彼のソロ作をどう捉えていいかわからない、みたいな感じだったと思うんです。リトル・フィートのメンバーを交えて作った『Paris 1919』(73年)やアイランドでの3部作(74年作『Fear』、75年作『Slow Dazzle』『Helen Of Troy』)とかは、意外にもかなり聴きやすいロック・アルバムで、だからこそ掴みどころがない。

ケイルは常にロックンロールを脱構築しようとしているふうに見えて、けっこうパッション重視でやっている印象があります。だから〈オールドウェイヴからパンク、ポスト・パンクを経てオルタナティヴ・ロックへ〉という主流の歴史観と齟齬をきたしている。それが語りづらい理由なんだろうなと。

その後、ポスト・パンクの時代から10年ほど経った90年にイーノと組んだら、そういった文脈が脱色されて心地良いロック・アルバムが出来上がった」

ジョン・ケイルの74年作『Fear』収録曲“The Man Who Couldn't Afford To Orgy”。エグゼクティヴ・プロデューサーはブライアン・イーノ

伏見「現代音楽周辺から出てきたと聞くと、コンセプチュアルな人だと思ってしまうけど、ケイルはそうじゃない。それはソロ作を聴けばわかるし、よく考えるとヴェルヴェッツの頃もコンセプトはなくて、衝動が勝っている(笑)」

柴崎「〈ヴェルヴェッツの頭脳〉とかではなくて、普通に〈ロックってかっこいい!〉という人ですよね」

伏見「むしろ、ロックと文学をどう融合させるか試行錯誤したり、『Metal Machine Music』(75年)ではっきりとノイズに振り切ったりしていたルー・リードのほうが、ロックに対して理知的で批評的。ケイルはもっと混乱している人で、ヴェルヴェッツを辞めたのも、実際は人間関係のもつれが大きかった」

 

言葉の意味から逃れていくブライアン・イーノの歌

――『Wrong Way Up』は、イーノにとってひさしぶりのヴォーカル・アルバムでした。

柴崎「ヴォーカルが重要な作品で、2人の声が似ているのもおもしろい。イーノの淡白な歌声ってそこまで好きじゃなかったのですが、これを聴き直したらすごくいいなと思いました」

伏見「『Another Green World』(75年)のジャケットや音楽に象徴されるように、イーノは物事を色や形などで抽象的に捉えています。だから、歌声にも人間味があまりなくて、ただ〈音としてある〉というふうに歌っている」

柴崎「コーラスとか歌のオーヴァー・ダビングとかを過剰にやるのも、自分の歌声というものを楽音のひとつにしてしまいたいからなんだろうなと。

歌詞については、〈『言葉とは何を意味するのか?』と質問することは『どうしてスネア・ドラムはああ鳴るのか?』というのと同じ質問だ〉と意地悪なことを言っています(笑)。つまり、言葉を意味ではなく音韻として捉えていて、その配合を追究している」

――歌があるとそこが音楽の中心になって、聴き手は意味を読み取ろうとしてしまうので、とにかく〈ストップ・メイキング・センス(意味をなすことをやめろ)〉なんだと語っていますね。でも、ナンセンスな歌詞やスキャットの歌ではダメなんだと。

柴崎「そこにイーノの知的で誠実なチャレンジありますよね」

伏見「“Sky Saw”(『Another Green World』収録曲)の歌詞に〈すべての雲が言葉に変わり/言葉は次第に浮かんでいく/誰もその意味を理解できない/誰もがそれを無視している〉というラインがあります。これは、イーノが言葉を扱う際のマニフェストのようですよね」

75年作『Another Green World』収録曲“Sky Saw”

 

ブライアン・イーノ&ジャー・ウォブル

『Spinner』に聴くジャー・ウォブルの個性

――では、ジャー・ウォブルとの『Spinner』について。デレク・ジャーマンの映画「グリッターバグ/デレク・ジャーマン1970-1986」(94年)のサウンドトラックをもとに、ウォブルが作った作品です。

伏見「カンのドラマーのヤキ・リーベツァイトが参加していることは後から知ったんですけど、すごく『Future Days』(73年)っぽい。楽器や楽器以外の音が出たり入ったりする、重層的で、環境音楽的かつインダストリアル的なサウンドが豊かな聴取体験を生んでいます。

ウォブルが手を付けなかったというアンビエント“Garden Recalled”や、ウォブルらしいダブの曲など、いろいろな要素が入っていておもしろい」

『Spinner [Expanded Edition]』収録曲“Garden Recalled”

柴崎「僕はイーノに本格的にハマる前、ベーシック・チャンネルなどのダブ・テクノ的な文脈で人から薦められて聴いたんです。

でも、今回ひさびさに聴いて、すごくウォブルの個性が滲んだ作品だと思いました。ダブワイズとかの編集よりも、ベースやドラムのフィジカルな旨味をいかに聴かせるかに重きが置かれていて、あくまでプレイヤーの視点がある」

『Spinner [Expanded Edition]』収録曲“Spinner”

伏見「エリック・タムの研究書『ブライアン・イーノ』によれば、イーノはベースという楽器が好きで、演奏を習ってみたいという発言も残しています。パーシー・ジョーンズがフレットレス・ベースを弾いている『Another Green World』やこのアルバムからは、イーノのベースへの憧れを感じますね。ウォブルに頼んだのも、彼のベースが好きだったからなのでは」

BRIAN ENO,JAH WOBBLE 『Spinner [Expanded Edition]』 All Saints/BEAT(2020)

――ウォブルはどんなミュージシャンなんでしょう?

伏見「PIL(パブリック・イメージ・リミテッド)での印象やダブのイメージが強いのですが、調べてみるとすごくうさんくさいんです(笑)。とにかくディスコグラフィーが膨大で、『Chinese Dub』(2008年)やジャケットに漢字で〈間〉と書いてある『Japanese Dub』(2010年)など、不思議な作品がたくさんある。『Japanese Dub』には“Mishima / Kurosawa”というすごい曲名の曲があって、〈時間も空間も無い〉〈悟り〉〈浄土〉といったフレーズが出てくる朗々とした詠唱を聴けます(笑)」

ジャー・ウォブルの2010年作『Japanese Dub』収録曲“Mishima / Kurosawa”

――それは……オリエンタリズムですね(苦笑)。

伏見「そう。スピリチュアルだし、アルヴォ・ペルトあたりの現代音楽が大好きだという発言もしていて、〈ダブ〉というキーワードだけでは掴みきれない。今回の登場人物のなかで、いちばん不思議な人かも」

 

ブライアン・イーノはなぜNYパンクに惹かれた?

柴崎「イーノが初期のPILについてどう考えていたのかは知りたいですね。NYパンクについてはあんなに発言してるのに、自国のニューウェイヴ/ポスト・パンクにはそこまで積極的にコミットしていないので」

――イーノはNYノーウェイヴ・ムーヴメントをドキュメントしたコンピレーション『No New York』(78年)を作っていますね。

伏見「『ブライアン・イーノ』で印象的だったのは、ロンドン・パンクとNYパンクの比較です。ロンドン・パンクは感情的で、〈俺はここにいる〉という所属意識が強い。一方、NYパンクはアートに対して素直で疑いがなく、アイデンティティーから離れていく実験的な意識が強い。そのうえで、イーノはNYパンクに惹かれると自己申告しています。

ただ、イーノは、実験性を突き詰めて退屈になる一歩手前で立ち止まるのが自分の音楽だと言っていますね。この発言は、彼の思想や立ち位置を実によく表している」

柴崎「一方で、インテリな英国人一流の諧謔精神みたいなものも強く感じるというか。ロキシー・ミュージックにしても、アンビエント概念にしても、ある意味で〈逆張り〉なところもある。シリアスなアート志向というより、消費社会におけるキッチュをやろうという志向がイーノにはありますよね」

――たとえば、〈Music For Airports〉というタイトルには〈空港で消費するための〉という含みを感じます。

伏見「その意味で、イーノはポップ・アートの人なんですね。ポップ・アートは戦後、アメリカの大量生産・大量消費社会に圧倒されたイギリスからスタートした動きで、リチャード・ハミルトンやエドゥアルド・パオロッツィといった美術家が先導した。イーノはその後継者だと言えます。

ポップスの安っぽさやどうでもよさが突き抜けると、アンビエントになるわけです。先行するジョン・ケージやエリック・サティが西洋クラシック音楽を前提としているのに対して、イーノのアンビエント概念はポップ・ミュージックを前提にしています」

 

〈リアル〉に価値があった90年代とブライアン・イーノの距離感

――90年代におけるイーノの仕事についてはどうですか?

伏見「U2『Achtung Baby』(91年)、ジェイムスの諸作、デヴィッド・ボウイ『Outside』(95年)など、プロデュース・ワークは特徴的ですね。ドラムの音にカラーがあって、当時のダンス・ミュージックとはちがう、ちょっと安っぽいプラスティックな感触です。

ただ、イーノが持っている個性は、90年代という時代と合っていなかったんだろうと。90年代は〈リアル〉であることに価値があったので」

U2の91年作『Achtung Baby』収録曲“Mysterious Ways”。プロデューサーはダニエル・ラノワとブライアン・イーノ

柴崎「たとえば、グランジとかに代表されるような価値観?」

伏見「そう。グランジもローファイも〈リアル〉だと言えます。ファッションもストリート・ファッションが主流でした。未整理で無造作に感じられるものがトレンドだった」

――ヒップホップも、パルプの“Common People”(95年)に象徴的されるブリット・ポップも、〈リアル〉が重要だった時代。

伏見「初期のオアシスも録音が粗いですよね。それに対して、イーノは理知的に情報を整理してアウトプットする人で、そもそも〈リアル〉を疑っています」

――“Re-Make / Re-Model”(72年)という曲に象徴されるロキシー・ミュージックの頃からそうですね。

伏見「ロキシー・ミュージックやデヴィッド・ボウイの〈紛い物の批評性〉みたいなものが合わなかった時代だったんでしょうね。

あと、忘れちゃいけないのがWindows 95の起動音です。90年代におけるいちばん重要な仕事かもしれない。イーノ自身にとってもアイデアが枯渇していた時期で、いい仕事が舞い込んできたと感じたそうです」

Windows 95の起動音

――僕がイーノのことを知ったときは、まさに〈Windowsの起動音を作った人〉でした。Windows 95はインターネットの普及に一役買った点でも、当時の文化・社会的にとても重要です。

伏見「他方、オーブのようなアンビエント・テクノの後進世代や、KLFの『Chill Out』(90年)が生まれたセカンド・サマー・オブ・ラヴ/レイヴ・カルチャーのフィジカルな価値観からは距離を置いていたのがイーノらしい」

柴崎「イーノは、ドラッグの経験もほとんどないと語ってますね」

伏見「エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』(92年)は、クラブ・カルチャーから生まれた作品でした。イーノが評価したマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』(91年)も、やはりギター・ロックからクラブ・ミュージックへの接近だった。アンビエントとクラブ・カルチャーが接近した時代に、オリジネイターのイーノはそこから身を引いていたんです」

 

2010年代におけるブライアン・イーノとアンビエントの再評価

柴崎「だから、イーノのアンビエントが本格的に再評価されはじめたのは、わりと最近だという感覚があって。『Lux』(2012年)あたりから神々しく見えてきたように思います(笑)」

『Lux』収録曲“Lux 1”。ブライアン・イーノにとって21世紀に入ってから初のアンビエント・アルバムとして話題になった

伏見「いまのイーノの評価の高さは、2010年代以降の空気が絶対にありますね。ストリーミング・サーヴィスが一般化したことも大きいのでは。

個人的に、アンビエントをちゃんと聴くようになったのは2016年なんです。というのも、2016年はポップ・ミュージック好きにとって豊作の年で、フランク・オーシャン『Blonde』、チャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』、ビヨンセ『Lemonade』、ソランジュ『A Seat At The Table』、カニエ・ウェスト『The Life Of Pablo』など、傑作がたくさん生まれている。ヴェテランでも、レディオヘッド『A Moon Shaped Pool』とか、ボウイの遺作『Blackstar』とか。とにかく百花繚乱。ただ、どれも良いんだけど、どれも良すぎる(笑)。しかも、過去の膨大なライブラリーも聴き放題の状態になった。情報量が多くて重たくなっちゃって、音楽を聴くのが楽しくなくなってしまったんです。

そんなときにPitchforkの〈ベスト・アンビエント・アルバム50〉という企画からアンビエントを意識的に聴くようになり、自分の生活に馴染んでいきました。音楽がなんでも聴けるようになってしまったことの辛さを中和する効果があったんです。アンビエントは、〈音楽なんてそこまで重要じゃない、あなたの生活のほうが大事〉という気持ちにさせくれる。そんななかでイーノのアンビエントというコンセプトが輝きをもって感じられたんです」

Pitchforkの特集記事〈ベスト・アンビエント・アルバム50〉のプレイリスト

柴崎「僕もまったく一緒ですね。昔は気づけなかったオリジネイターとしての偉大さやアンビエントというコンセプトの堅牢さを感じて、やっぱりすごい人だなと。

2000年代におけるアンビエントにももちろん素晴らしい作品は多いけど、エレクトロニカやIDM、ポスト・ロックなどにおける〈小島〉だったという印象で、一般的なリスナーにとっても大きな存在感を持つジャンルとしてアクチュアルに立ち上がってきたのは、2010年代前半なのでは。

新たなアーティストも増え、さらにアンビエントR&Bのような音楽が出てきたことで、雰囲気や音像としての〈アンビエント〉がさまざまなジャンルに浸透していった。それはいまも続いていますね」

――90~2000年代は、イーノのアンビエントよりもKLF『Chill Out』と〈チル・アウト〉というアイデアのほうが影響力を持っていた印象です。

柴崎「たしかに。たとえば、ヴィジブル・クロークス※1や現在のリヴァイヴァリストの多くは、オーブなど90年代のアンビエント・テクノとの直接的な接続はないように思えます。むしろ、DJ主導のレコード・カルチャーが盛り上がるなかで、たまたま環境音楽を見つけた人たちが牽引してきた。ヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドランは吉村弘や芦川聡などの作品を聴いて、イーノのアンビエントというコンセプトが日本でローカライズされ、独自に純粋培養されていたことに驚いたそうです。

時代が一回りして、非クラブ的なアンビエントが再発見され、マリー・シェーファーのサウンドスケープという概念や、イーノがアンビエントの着想を得た逸話※2などが、いまは自然と説得力をもって受け入れられる。

つまり、〈閉ざされた場で固定的に鑑賞する音楽作品〉という枠組みから音楽を解放して、環境に耳を開いて、双方向的な音の鳴りを感得する――〈音楽作品〉という絶対性の外殻を引き剥がす、ということ。アンビエントに関するそういったアイデアへの理解が、いま深いレヴェルで進んでいる、と捉えられるかもしれない」

※1 Visible Cloaks。米ポートランドのエレクトロニック・デュオ。ニュー・エイジやアンビエントから影響を受けており、メンバーのスペンサー・ドラン(Spencer Doran)はコンピレーション『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』(2019年)の監修や吉村弘『Music For Nine Post Cards』(82年)など、日本の環境音楽作品の再発に携わっている
※2 75年にブライアン・イーノは交通事故に遭い、入院。病室にて、故障のため音量を上げられず、片チャンネルからしか音が出ないプレイヤーでハープのレコードを聴いたことからアンビエントを着想した

――チル・アウトというアイデアは基本的にリラックスするためのものですが、アンビエントは逆に集中させる音楽ですよね。

柴崎「そう。本質の部分ではディープ・リスニングを要請する。けれど、聴き流すこともできるという」

伏見「チル・アウトは90年代の〈リアルな肉体性が大事〉という価値観に繋がっていて、踊り明かした疲れを癒やすための音楽です」

柴崎「翌日もエクスタシーを飲んでアガらなきゃいけないわけで(笑)」

伏見「そう。チル・アウトはアガったあとに〈良く下がる〉ための音楽なので、どうしてもフィジカルに規定されている。逆に、アンビエントはフィジカルを解放する、肉体という具体性から離れるためのものです」

 

〈ポップ〉における抽象性を求めて

伏見「90年代のCD-ROM作品『Headcandy』(94年)や『Reflection』(2017年)のアプリにもそれは表れています。自然をそのまま受け止めるんじゃなくて、一度〈色見本〉のようなイメージに抽象化しているのがイーノの特徴。だけど、実験音楽の純粋さに向かうのではなく、あくまでもポップ・ミュージックのいかがわしさのなかの抽象性を炙り出している。

僕は、イーノのアンビエントをポップ・ミュージックのひとつの形式として捉えています。20世紀以降に音楽をやるうえで、どうしても逃れられない〈ポップ〉という概念に向き合い、そのなかにどういう抽象性があるかを探ること――それが、イーノがずっと続けている仕事です」

94年のCD-ROM作品『Headcandy With Music From Brian Eno』。サイケデリックな万華鏡風の映像とブライアン・イーノの音楽を合わせたもの

2017年作『Reflection』のiOSアプリの映像。音楽と映像が無限に自動生成される

柴崎「大量消費社会を生きざるをえないことを、冷笑的にも思考停止的にもならずにどうやっていくか。ガチの抽象音楽に向かわず、あくまでポップに寄り添いながら〈結果的に癒される人がいたら、それはそれでいい〉というイーノのスタンスって、やはり真摯だと思います」

伏見「ポップ・ミュージックへの批判といえばテオドール・アドルノが有名で、彼は音楽で感情を管理するのが問題だと言っています。作り手がメロディーやコードの定型を操作することによって、それを聴いた多くの人は反射的に〈感動〉してしまう。ポップ・ミュージックは人の情動をコントロールするための道具になるわけです。

でも、イーノは感情を管理しないポップ・ミュージックを作ろうとしている。それは今回リイシューされた2作もそうですね」

――イーノはインタビューで、ナラティヴ(語り)から離れたいと語っています。ナラティヴとは、受け手の感情を誘導したり管理したりする語りのことでしょうね。

柴崎「だから、アドルノ先生もイーノの音楽を聴けば〈なるほど、そういうのがあるのか〉って言ってくれるんじゃないかな(笑)」

伏見「まあ、アドルノが褒めようが貶そうが、イーノの態度やアンビエント概念は、ひとつの戦略として非常に知的かつ誠実です。そして、それが50年近く経ったいまでも有効なのはすごい」

柴崎「アンビエントというのは、おそらく社会主義体制下では絶対に生まれてこないだろう〈ポップ〉=消費文化を前提にしたアイデア音楽だと思うのですが、一方でBGMによって労働を管理して余剰価値の生産効率を上げるというような、いわゆる〈ミューザック〉的なものから逃れようともしている。ポップ・ミュージックに内在する宿命や怪しさをちゃんと引き受けつつ、代案的に音楽を発想しているところにシンパシーを覚えます」

伏見「イーノがドラッグの使用に懐疑的なのも関係している気がします。ナチスも使っていた覚せい剤(アンフェタミン)は、人を働かせるために利用できるドラッグです。ビートルズやモッズの連中も覚せい剤を服用していた。せわしなく変化していた60年代のロックは、アンフェタミンに衝き動かされていた側面があった。イーノはそれを批判的に見ていたのでは」

 

〈軽くて深い〉ブライアン・イーノの偉大さ

柴崎「今回、自分のなかでめちゃくちゃ重要な音楽家なんだなって再認識しました。うーん、普通にファンとして一度お会いしてみたいなあ(笑)」

――どのあたりが柴崎さんにとって重要なんですか?

柴崎「アンビエントという射程の長い概念を立ち上げたこと、コンセプチュアルなことをこれだけ可愛げのある感じでやっていること、そして、ひとつひとつの深度が深いこと。これらを両立させている人はすごく稀だなと。

それはたとえば、〈ボブ・ディラン〉や〈ビートルズ〉のような大きな括りに匹敵する存在感かもしれない」

――アンビエントを発明したと考えると、イーノの影響から逃れられる人は……。

柴崎「いないでしょうね」

伏見「僕も今日しゃべっていて、思った以上に影響を受けているなと思いました。自分がものを書くときのスタンスに、めちゃくちゃ反映されている。すごくシリアスにものを考えているんだけど、アウトプットが軽快かつユーモラスだから、軽く聴ける。エンターテインさせることへの意識の高さも重要です。しかも、量産的にも、持続的にも作品を作り続けている。僕はたぶん、イーノの軽さと深さの両立を無意識的に目指しているんだろうなと」

柴崎「そう。だから、自分も含め文化系の人はイーノのインテリジェンスとキッチュさにどうしても惹かれてしまう(笑)。

フリップ&イーノの逸話があって、ロバート・フリップとストイックにスタジオ作業をしたあと、2人でガール・ハントに行っていたらしくて。フリップとイーノがバーに来て女性に声をかけていたら、ちょっとびっくりしますよね(笑)。けど、なぜか納得させられるエピソードでもある。なんというか、自分の多面的な魅力についても完璧にわかっている人なのかも。そういうしたたかさも含めて素敵だなあ(笑)」

 


INFORMATION
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