キング・クリムゾンが1974年にリリースしたオリジナルアルバム『Red』、本作のリリースから今年で50年を迎えた。11月6日には最新ミックスやセッション音源などをコンパイルした50周年記念盤『Red 50』の国内盤も発表され、節目が訪れるたびにその作品価値は更新され続けている。
シド・バレットのドキュメンタリーが公開され、デヴィッド・ギルモアが新作を放ち、イエスが来日した2024年――プログレッシブロックが盛り上がりを見せる今、Mikikiでは『Red』の魅力を再考すべく和田信一郎(s.h.i.)に執筆を依頼。以下、4,000字以上にわたる『Red』とキング・クリムゾンを紐解くテキストをお届けする。 *Mikiki編集部
プログレという枠に留まらない存在感と影響力
『Red』は、音楽の歴史全体を見ても屈指の名作だ。ロックの先進性が最初の極点に達した1970年代のプログレッシブロック、その有終の美を飾った傑作。また、1980年代以降のメタルやハードコアパンクにそのまま通ずる轟音をいち早く確立してしまった、オーパーツ的な存在感を示す逸品。これほどの名声を獲得し、それ以上の影響力を保ち続けている作品もなかなかないと思う。
だが、そんな御託よりも大事なのが、このアルバムは圧倒的にわかりやすいということだろう。まず、出音がとにかくかっこいい。ロバート・フリップによるギターの歪みはロック文脈に限らずひとつの究極を示していて、慟哭するリフ&ソロの冴えも凄まじい。ジョン・ウェットンの軋むベースはそうしたギターに並ぶ存在感を示しているし、プログレ界隈を代表する美声は、叙情と虚無がないまぜになった本作の雰囲気にこの上なくよく合っている。英国ジャズロックを代表するドラマーであるビル・ブルーフォードも、独特のスクエアなグルーヴと流麗なポリリズム、そして唯一無二の音色で素晴らしい艶を添えている。こんなに理屈抜きに心地よいサウンドは、1970年代のロックに限らず稀だろう。
そして、曲がとてもわかりやすい。プログレ史上最高の名曲と謳われる“Starless”は12分にわたる大曲だが、2分ほどのド演歌パートから13拍子の反復に至る流れはとても明快で、高踏な雰囲気を漂わせてはいるがシンプルで洗練されている。
アルバム冒頭を飾る“Red”も、4拍子・5拍子・7拍子が交錯するリズム構成は複雑なようで滑らかで、リフ主体の構成(ラヴェル“ボレロ”やホルスト“火星”の系譜)や先述のような出音のよさも相まって何も考えずに浸れてしまう。
プログレは難解であることが美徳とされるようなところもあるが、本作はそういう印象をまといながらも非常に風通しがいい。神秘的だけど実はキャッチー。『Red』がこれほど高い評価を得ているのは(本記事の執筆時点で、Rate Your Musicでは1974年の1位、オールタイムでも26位)、ポップミュージックとしても優れたプレゼンテーションがなされているからだと思われる。
そう考えてみると、曲名や歌詞も実にいいところをついている。“堕落天使”(原題“Fallen Angel”)や“再び赤い悪夢”(“One More Red Nightmare”)、“神の導き”(“Providence”)といったタイトルはなんとも絶妙だ(いずれも原曲のニュアンスをうまく捉えた邦題だと思う)。こうしたタイトルも歌詞の内容も、これ以前の作品における意味深なイメージ付けに対する批判的な継承、ある種の入り組んだパンク精神の発露のようなものだとも思うが(レッドゾーンに振り切ったメーターが描かれている即物的なアートワークも含め)、それが先述のような取っ付きやすさに繋がっているのが興味深い。
“Starless”序盤の歌ものパートにはレディオヘッド『OK Computer』(特に“Exit Music (For A Film)”あたり)に通ずる味わいがあるし、実際これらの歴史的名盤は似た感覚で受容されてきたのではないか。『Red』はプログレ界隈の象徴的名作という位置付けで語られることが多いが、そうした枠には留まらない存在感と影響力を持っている作品なのだ。