肌を刺すような寒風が吹き荒れる、ある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、データが縮こまりながら歩いて来ますね。

 

【今月のレポート盤】

KING CRIMSON King Crimson Elements:2014 Official Tour Merchandise Discipline Global Mobile/WOWOW(2014)

 

戸部伝太「何と風の強い日なんだ。〈風に語りて〉さながらですな」

逸見朝彦「データ先輩、それってボブ・ディランでしたっけ!?」

戸部「貴殿は本当にロッ研の一員なのかね!? キング・クリムゾンの名曲に決まっているでしょうが!」

【参考動画】キング・クリムゾンの69年作『In The Court Of The Crimson King』収録曲
“I Talk To The Wind”ライヴ映像 

 

生麦 温「おはよう、データ。さっそく熱いコーヒーを煎れたからどうぞ、温まるよ。でも小言を言いながらも、何だかちょっと嬉しそうだね」

戸部「当然でしょう。いま巷にはプログレの波が押し寄せていますからな」

逸見「全然そんな気はしませんけど……」

戸部「はあ~(溜め息)。2014年11月のピンク・フロイド奇跡の新作発表に始まり、同月のイエス来日公演、さらにジェスロ・タルエマーソン・レイク&パーマーロバート・ワイアットら大物のリイシューが立て続いているでしょうが!」

生麦「言われてみればそうだけど、世間的な流行なのかは微妙じゃない!?」

逸見「僕、プログレって苦手なんですよね。オジサン臭いというか、口うるさいマニアが多くて閉鎖的なイメージがありません?」

戸部「な、な、な」

生麦「まあまあ。逸見の言い分もわかるけど、長尺曲のなかでテクニカルな演奏を繰り広げたり、スピリチュアルな音の宇宙を創造したりする点は、いわゆるポスト・ロックマス・ロックにも近いと思うよ」

逸見バトルスオマー・ロドリゲス・ロペス周りの音が現代版のプログレだと言うのなら、僕も大好きです!」

【参考動画】バトルスの2007年作『Mirrored』収録曲“Atlas”

 

生麦「うん。それにトム・ヨークの柔軟な発想もプログレ的じゃない!?」

戸部「……黙って聞いていれば腑抜けたことを! プログレとはそんなものではありませんぞ! 真のプログレとはコレ! 我らがキング・クリムゾンの2枚組音源集『King Crimson Elements: 2014 Official Tour Merchandise』。どうですか!」

逸見「〈どうですか〉と言われても、クリムゾンを聴いたことがないので……」

戸部「なっ!? 地球上にまだそんな愚かな民がいるとは信じ難い! いや、むしろ本作はそうした奇特な輩を救済するため、ロバート・フリップ師が施した神の見えざる手であり、つまり太陽と戦慄が……」

生麦「あはは、飛ばしすぎだよ、データ。これって去年の復活ツアーを記念したレア音源集だよね。その北米ツアーは昔の曲を解禁したことでも話題になったっけ」

戸部「小生は昨年ほど米国民を羨んだことはないですぞ。ところで、本作には全キャリア中から選ばれた29曲が詰まってい……」

逸見「(スマホを見ながら)そのうちの19曲が初CD化音源だなんて凄い!」

戸部「聴いたこともないくせに、軽々しく驚くな! グレッグ・レイクがヴォーカルを務めたヴァージョンの“Cadence And Cascade”がいかに貴重か、貴殿にはわからんでしょうに!」

逸見「はい、さっぱりわかりません!」

戸部「ただ、時代によって大きく変化したクリムゾン・サウンドを、断片的とはいえ俯瞰できるという意味で、本作にはヒストリー・アーカイヴ的な価値もあるわけでして、つまり貴殿のような未知の輩への入門ガイド的な役割を果たすかもしれませんな」

逸見「本当ですか? 2枚組というヴォリュームだけですでに敷居が高いな~なんて……」

生麦「そういえば、再始動後の新録音源も収録されているんだよね!?」

戸部「左様。昨年のリハーサル・テイクが5曲聴けるのも嬉しい限り。まあ、曲というよりはあくまでエレメント的なものですが、それでもフリップ師の気合が伝わってきますよ」

生麦「現役バンドとしてのクリムゾンには凄く興味があるから、新録モノだけでも聴いてみたいな~」

戸部「ふふふ。でしたらコレ、さきほど入手してきた『Live At The Orpheum』。何と最新ツアーを収めたライヴCDですぞ!」

生麦「マジで!? それ聴こうよ!」

戸部「ご冗談を。これから小生が自宅でじっくり鑑賞するのですよ。では、ご機嫌よう」

逸見「恐るべし、データ先輩。いったい何しに部室へ来たんだろう……」

 ほとんど1人で喋り倒した挙げ句、風のように去っていったデータ。まるで空気の読めない男、逸見にさえ畏怖を抱かせるとは、流石4年生の貫禄(!?)ですね。【つづく】