あるかないかで言えば、これはある! 次なる一手を渇望されていたブライテスト・ホープがついにアルバム・デビュー。抽象と奇想と情緒が、いま歴史を動かす……
2013年、その年のベスト・アルバムの一枚として高く評価されたカニエ・ウェストの問題作『Yeezus』。この作品のプロデューサーの一人にそれまでほぼノーマークだった無名のアーティストが起用され、一部で話題となった。その名はアルカことアレハンドロ・ゲルシ。ベネズエラ出身にして、NYにいた時期を経て、現在はロンドン在住という24歳のアーティストだ。その後、彼は、デビュー作にしてUK版グラミーにあたるマーキュリー賞にノミネートされたFKAツイッグスのEP、アルバムをプロデュース。さらにはビョークが次作アルバムを彼と制作中であるという一報が全世界を駆け巡り、アルバム・デビュー前にして、トップ・プロデューサーの仲間入りを果たした。
自身の作品としては、UNOやヒッポス・イン・タンクスといったUSの新興レーベルから『Baron Libre』『Stretch 1&2』『&&&&&』をリリース。ヒップホップ、ベース・ミュージック、インダストリアル・ミュージック、ニューエイジ、アンビエント、幾重にも重ねられたヴォーカル・フレーズ、フィールド録音されたと思しき正体不明の音まで、そのすべてを溶鉱炉で溶かした未知なる素材の音響彫刻のような作品世界は、インターネット・アートとの繋がりが深いワンオートリックス・ポイント・ネヴァーを引き合いに出して語られることも少なくない。
ファッションやアートとの繋がりという点で、彼はリアーナやカニエ・ウェスト、エイサップ・モブらが愛用するストリート・ブランド、フッド・バイ・エアとゲイ・フレンドリーな人気パーティー、ゲットー・ゴシックを核としたNYアンダーグラウンドの新たな潮流とリンク。さらに、アルカの良き理解者には、10代の時にネットで知り合い、美的感覚を共に育んできた日本生まれカナダ育ちのヴィジュアル・アーティスト、ジェシー・カンダもいる。FKAツイッグスの映像やヴィジュアル面でもその才能を発揮している彼がアルカの作品世界をヴィジュアルや映像へと変換。さらには共同で音と映像のプロジェクト〈Trauma〉の制作も進行中とのことで、その関係性は、エイフェックス・ツインと映像作家のクリス・カニンガムのそれに例えられている。
しかし、レコード会社による契約争奪戦の末、ミュートより届けられた彼のファースト・アルバム『Xen』から広がるフューチャリスティックかつアブストラクトな音響彫刻を前にすると、アルカが規格外の才能であることはよくわかる。ねじれたシンセサイザーや音の明滅、接続と断絶を繰り返すビートとともに躍動する音の彫刻が纏うのは、時にクラシカルに聴こえるピアノやシンセ、ストリングスの旋律が伝える、美しく切ない情緒性だ。大学生時代、同性愛者であることに悩み、殻に閉じこもっていた彼は、同じ同性愛者であり、ディスコとノーウェイヴ、現代音楽を行き来したNYの伝説的な音楽家、アーサー・ラッセルの音楽とライフ・ストーリーに背中を押され、自分の感情を解放できるようになったというが、「空想上のキャラクターである〈ゼン〉のポートレートであり、異なる年代、異なる筋書きによって描かれる〈彼女〉の日常がもとになっている」という本作のコンセプトには、恐らく彼の人生やその時々の心境が重ねられているのだろう。この新世代プロデューサーが生み出す音楽世界は、ビート・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックの文脈における革新性や驚きのみならず、喚起するストーリー性やイメージ、喜怒哀楽の感情によって、全世界のリスナーをいままさに魅了しようとしている。
▼文中に名前が登場したアーティストの関連作
左から、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの2013年作『R Plus Seven』、 エイフェックス・ツインの2014年作『Syro』(共にWarp)、 アーサー・ラッセルのトリビュート盤『Master Mix: Red Hot + Arthur Russell』(Yep Roc/BBQ)
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▼アルカの参加作を一部紹介
左から、ディーン・ブラントの2013年作『The Redeemer』(Hippos In Tanks)、カニエ・ウェストの2013年作『Yeezus』(Roc-A-Fella/Def Jam)、FKAツイッグスの2014年作『LP1』(Young Turks)
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