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コラム

アルカ(Arca)、音楽と美の革命家/撹乱者を5つのポイントから考える

男性から女性への変化を祝福した新作『KiCK i』

Photo by Hart Leshkina 

新しいアルカの誕生を祝福する新作『KiCK i』

ベネズエラ出身のアーティスト、アルカ。2013年に発表したミックステープ『&&&&&』が大きな話題を呼び、そのミステリアスなイメージ も相まって、一躍注目の的となった。その後、数多の大物からのラヴコールが絶えない売れっ子として活躍しつつ、 ソロ・アルバムを3作リリース。いずれもエクスペリメンタルなエレクトロニック作品でありながらも、普段そうしたジャンルを聴かない層も無視できない異質な存在感を放ってきた。

そんな現代の奇才と呼ぶべき存在であるアルカが、オリジナル・アルバムとしては4作目となる『KiCK i』をリリースした。前作までと大きく異なるのは、何と言っても、アルカが〈男性〉から〈女性〉への変化を決断したこと、そのうえで自身をノンバイナリーだと公言したことだ。今作のリリース前に発表された62分に及ぶシングル“@@@@@”でも新しい姿を確認できるが、『KiCK i』では作風までもがドラスティックな変貌を遂げ、どこかハッピーなムードに包まれた、情熱的な作品に仕上がっている。

2020年のシングル“@@@@@”

収録曲“Nonbinary”のミュージック・ビデオでは、ボッティチェリの絵画「ヴィーナスの誕生」を思い起こさせる演出で登場するアルカ。今作はまさに、新しいアルカの誕生を祝福するアルバムだと言えよう。そこで、アルカのアーティストとしての独自性を5つの観点から掘り下げながら、今作の魅力に迫ってみたい。

 

1. アイデンティティー:
〈トランス女性でノンバイナリー〉をみずから肯定

今作『KiCK i』のアートワークを初めて目にした時に、驚いた人も多いだろう。アルカは鮮やかに男性から女性への移行を遂げたのである。とはいえそれは、〈女性〉になった、という単純な話でもなさそうなのである。というのも、アルカ自身は現在のアイデンティティーを「トランスジェンダーのノンバイナリー、現在は女性だと認識している」と語るのだ。

〈ノンバイナリー〉とは〈男性でもあり女性でもある、もしくは男でも女でもない、
男女二元論から外れる性自認〉のこと。ただ、アルカに関して言うと「性自認はノンバイナリーだが、アイデンティティーはトランス女性」なのだそう。さらに、アルカは「トランスジェンダーとノンバイナリーは全く相互性のあるものだ」とも述べている。

正直なところ、この発言に筆者自身、少々混乱したのも事実だ。というのも、これまで筆者はあくまで非当事者としての視点から、〈トランスジェンダー〉の人々は〈女性/男性のどちらかとして、社会的に扱われることを望んでいるのではないか?〉と考えていたからだ。

だが、先のアルカの発言を反芻すると、そうした視線は、あくまでも一部の当事者の声をもとにした一方的なものだと気づかされるし、〈トランスジェンダー〉や〈ノンバイナリー〉といった言葉で自らを定義する当事者たちにも、もっと幅広く細やかなグラデーションがあるのだと再認識させられる。

そんなアルカの自己認識が投影された今作の1曲目を飾るのは、その名も“Nonbinary”。この幕開けには、ジェンダーは可変的かつ流動的であるということを、積極的に自分のアイデンティティーとして肯定するアルカを見て取ることができるだろう。

『KiCk i』収録曲“Nonbinary”

 

2. サウンド:
カテゴライズ不能、革命的な音を生み出す音楽家

アルカは、2013年に発表したミックステープ『&&&&&』で、鮮烈なインパクトをリスナーに与えた。〈エレクトロニック〉と呼べるジャンルではあるが、内包する音楽性は多岐にわたる。緩急自在のビート、あるいは明確なビートがないことさえある音空間に、重たく唸りを上げるベースを配置しながら、ノイズ、ドローン、アヴァンギャルドまでをも射程に入れた暴力的な音の断片をクラッシュさせては、次々とその姿を変化させてみせるのだ。とはいえ、その音の断片たちはただ無作為に散りばめられているのではなく、一定の規則性を持って埋め込まれており、エクスペリメンタルながらどこかダンサブルに感じるのも面白い。

Arca · &&&&&
2013年のミックステープ『&&&&&』。2020年9月18日(金)にPANからリイシューされる

デビュー作にあたる『Xen』(2014年)では、『&&&&&』とは趣を異にし、アンビエンスの効いたサウンドで曲中の音のパーツを繋ぎ、陰鬱なムードを演出。続くセカンド・アルバム『Mutant』(2015年)では、インダストリアルに傾倒したアグレッシヴなサウンドを展開していたが、いずれにせよアルカのサウンドの紡ぎ方には、研ぎ澄まされた脱構築的な感性が光っている。その意味で彼女の音楽は、ある種のミュージック・コンクレートだと言っていいのかもしれない。

2014年作『Xen』収録曲“Thievery”

2015年作『Mutant』収録曲“Vanity”

一方で見逃せないのは、その独特の耽美さだ。鍵となるのは、ディスコグラフィーを通じて聴けるオーケストラルなアレンジだろう。インダストリアルなビートと絡み合うことで、ダークな壮麗さをもたらすオルガンやストリングスなどのサウンドは、オーケストラ・アレンジを組み込み始めた『Music For The Masses』(87年)期のデペッシュ・モードや、キュアー『Disintegration』(89年)などのゴス・ロックとの親和性をも感じ取れるように思う。そして、その極地と言えるのが、前作『Arca』だった。

2017年作『Arca』収録曲“Anoche”

またそれと同時に、そのセルフ・タイトル作では自身のヴォーカルを初めてフィーチャーしていた。しかし、今作でのそれに比べるとかなりメランコリックな歌唱である。『Arca』は当時の正直な感情をさらけ出した作品ではあるが、『KiCK i』と聴き比べれば、それさえも過去のものとする今作での変貌がすぐさまわかることだろう。

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