多種多様なキャラクターを演じわける役者としての優れた表現力や独特な佇まいが、ひとたびマイクを握れば音楽の世界でも活きる俳優たち――。専業のアーティストとはまた一味違った趣に溢れる彼らの歌が、時にその時代を象徴する大ヒットや長く聴き継がれる名曲となることは少なくありません。そんな役者ならではの歌の魅力に迫るべくスタートした連載〈うたうたう俳優〉。音楽ライターにして無類のシネフィルである桑原シローが、毎回、大御所から若手まで〈うたうたう俳優〉を深く掘り下げていきます。

第6回は、2024年12月28日(土)に迎える生誕90周年に向けて、今年、各所でさまざまな特集が組まれるなど、その類まれな活躍の軌跡と名作の数々に改めてスポットライトが当たっている昭和の大スター、石原裕次郎をピックアップします。 *Mikiki編集部

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クルーナー歌手・石原裕次郎のムーディー&ブルースな世界

裕ちゃんはジャズがお好き。彼が残した数々のヒットソングを振り返ってみると、“錆びたナイフ”や“俺は待ってるぜ”(ともに1957年)、“銀座の恋の物語”(1961年)に“夜霧よ今夜も有難う”(1967年)といった、ナイトクラブやキャバレーなど夜の社交場に映えそうなムード歌謡、ブルース歌謡が多く歌われていたことに気付かされるわけだが、ここでは舶来のジャズソングをはじめとする彼の洋楽嗜好が色濃く反映された楽曲などにフォーカスして話を進めていきたい。

石原裕次郎 『Best Of Best』 テイチク(2024)

まず彼のボーカルスタイルを鑑みた際、〈クルーナー歌手〉に分類することが可能だ。牛の鳴き声を意味するクルーンを語源とした〈クルーナー〉とは、低い声でソフトに優しく語りかけるような歌唱を特徴とするシンガーのことで、マイクの性能が向上し、オペラ歌手のように声を張り上げなくとも歌が聴き手に伝わるようになったことから台頭し始めたタイプを指す。第一人者として“White Christmas”で知られるビング・クロスビーがおり、〈ザ・ヴォイス〉と呼ばれた大スター、フランク・シナトラもそれに当たる。

例えば1962年のヒット曲“赤いハンカチ”。歌い出しの〈ア~カシアの~〉から感じ取れる何とも言えない滑らかな耳触り。これぞ裕ちゃん流クルーナー唱法の極致。どこまでも甘い口当たりは、彼のヒット曲に即して言えば、ブランデーのそれを思わせる、と表現するべきだろうか。そしてそこにふわりと香るのは、舘ひろしも惚れた小粋なダンディズムだ。“嵐を呼ぶ男”(1958年)や“足にさわった青春”(1958年)などの溌溂としたリズミカルなナンバーなども良いが、この容易に識別可能な声色で歌われるムーディー&ブルースな世界は彼だけのものと言っていい。

さらに、この歌唱スタイルで臨む洋楽カバーソングがこれまた素晴らしく、アルバム『裕ちゃんの週末旅行』(1958年)に収められている“ラブレター”や“センチメンタル・リーズン”など、惚れ惚れするような名唱を聴かせてくれる。

 

石原裕次郎がこよなく愛したチェット・ベイカー

ここでひとつ指摘しておきたいのが、圧倒的に歌がうまいのにけっしてそれをひけらかしたりするようなことをしない、という部分だ。きまってマイクの向こう側に浮かんで見えるのは、日本男子特有のシャイネスと言うべきもので、口説き上手な男とはまるで正反対。歌の端々にそういった人柄(のようなもの)が滲むところに言い知れぬ魅力を感じてしまうのである。

そんな裕ちゃんがこよなく愛したのが、トランペッターのチェット・ベイカー。ボーカリストとしても一流だった彼が残した名盤『Chet Baker Sings』の世界は、シンガー・石原裕次郎にとってひとつの理想像であったのではないかと、チェットの持ち歌である“My Funny Valentine”を披露する彼を眺めながら思わずにはいられなかったりする。

CHET BAKER 『Chet Baker Sings』 Pacific Jazz/ユニバーサル(1954)