多種多様なキャラクターを演じわける役者としての優れた表現力や独特な佇まいが、ひとたびマイクを握れば音楽の世界でも活きる俳優たち――。専業のアーティストとはまた一味違った趣に溢れる彼らの歌が、時にその時代を象徴する大ヒットや長く聴き継がれる名曲となることは少なくありません。そんな役者ならではの歌の魅力に迫るべくスタートした連載〈うたうたう俳優〉。音楽ライターにして無類のシネフィルである桑原シローが、毎回、大御所から若手まで〈うたうたう俳優〉を深く掘り下げていきます。

第5回は、役者としてのみならずシンガーとしても大活躍した1990年代のヒット曲の数々がいま再び注目を集めるなか、約25年ぶりとなるワンマンライブ〈Best Day Ever〉を2024年12月9日(月)、19日(木)、20日(金)に東京・COTTON CLUBで開催する広末涼子をピックアップします。 *Mikiki編集部

★連載〈うたうたう俳優〉の記事一覧はこちら


 

竹内まりやプロデュースで歌の世界に飛び込んできた美少女

天性の女優の歌。“MajiでKoiする5秒前”(1997年)を聴きながら改めてそう思う。当時どのように捉えていたのかはもはや思い出すことができない。NTTドコモ〈ポケベル〉のCMでピョンピョン跳ね回っている美少女が歌の世界に飛び込んできた、ぐらいの感想しか持っていなかったように思う。

タイトルは〈MK5=マジでキレる5秒前〉というコギャルたちの間で使われていたスラングをもじったもの。いわば当時の若者たちの鬱憤構文のひとつだったわけだが、一瞬にしてピーカンの空を連れてきてしまう歌声のパワーが予想以上に強力だったせいもあって、〈MK5〉はあっという間に広末涼子の記念すべきデビュー曲の略称に取って代わられた。

広末涼子 『MajiでKoiする5秒前』 ワーナー(1997)

作詞・作曲・プロデュースを務めたのは、ガールポップの大家、竹内まりや。明るく爽やかな歌詞とメロディー、往年のモータウンビートと映画「トレインスポッティング」に用いられて再び人気を集めていたイギー・ポップの“Lust For Life”を下敷きにしたかのような跳ねるリズムなど(アレンジは藤井丈司が担当)、どこを見渡しても一点の曇りもない巧みな演出ぶり。まさにプロの仕事である。

しかし、それ以上に感心させられるのが、主役の広末の振る舞いだ。弾けるようなパフォーマンスの向こう側に、想像力をフルに働かせながら憧れのアイドル像を丹念になぞっていく彼女の役を生きる姿勢のようなものが垣間見え、思わずゾクッとしてしまうほど。都会っ子なんだけど〈渋谷はちょっと苦手〉な主人公がどんな地域でどんな暮らしをしているか、といった背景までキッチリ見えてくるし、16歳にしてこの表現力はちょっとすごいと思う。

 

女性シンガーソングライターたちが引き出した〈ヒロスエ〉の魅力

そんな彼女の自己演出力の高さは、岡本真夜が作詞・作曲したセカンドシングル“大スキ!”(1997年)でも大いに発揮されている。楽曲自体が備えている説得力のある健康性をうまく掬い上げてみせた歌唱。〈リョウコ〉ではなく〈ヒロスエ〉と呼ぶほうがお似合いな感じのキャラクターデザインがここに完成し、国民の妹、国民の娘というポジションが確立されたのだった。

これ以降も、原由子作のサードシングル“風のプリズム”(1997年)、広瀬香美作の4枚目“summer sunset”(1998年)と女性シンガーソングライターによる作品シリーズは続いていくが、どの楽曲も感情のバリエーションや奥行きを増やしていくことに重きが置かれた作りになっている。

そして5枚目“ジーンズ”(1998年)は作・編曲に、UAや市井由理の仕事でたしかな成果をあげていた朝本浩文が起用されているのだが、注目したいのはカップリング曲“プライベイト”のほう。デビュー間もない椎名林檎が〈シーナ・リンゴ〉名義で作詞・作曲しているのだが、人並みに葛藤や不安を抱える人間=広末の私的な領域に踏み込んでいく曲になっており、それに応えるようにいままで以上に自身のリアルな体温が感じられる歌を聴かせているのが印象的だ。