前回からちょっとご無沙汰してしまいましたが……少しでも気にしてくれている人がいたら嬉しいです、Mikikiネット音楽部でございます。アーティスト、レーベル・オーナーと過去2回はネット音楽にまつわる方々のインタヴューをお届けしてきましたが、今回はリスナー代表として、われわれも愛読している音楽ブログ・Hi-Hi-Whoopeeに初期からエディターとして関わられている荻原梓氏を直撃。荻原氏はネット音楽だけでなく日本のアイドルにも精通し、最近はアジアの辺境音楽にもハマっているとのこと。個人的にはそのあたりも大変興味深いのですが、ここではもちろんネット音楽の楽しみ方、さらにいまおもしろいネット音楽事情についてなども含めてたっぷり訊いてきましたよ!
――荻原さんがネット上で音楽を聴くようになったのはいつ頃からですか?
「2004年くらいですかね。iTunes Music Storeが立ち上がったのがその頃のはずなんですよね*。僕のネットで音楽を漁る原体験はそこなんですよ。各アーティスト・ページに出てくる、〈関連するアーティスト〉ってとこを延々と辿って数秒だけ試聴していくのが好きでした」
*2003年にサーヴィス開始
――なるほど! 原体験はそこですか。
「〈インターネットにある音楽〉としてネット音源を聴きはじめたのは2011年前後にBandcampを知った時からです。Twitterが日本で爆発的に使われるようになったのがその頃で、それで物凄い量の情報がワーッと流れてくるようになってさらにおもしろくなった感じがします。ネットの世界にはこんなのがあるのか!という。あと、blogspot的な文化ってネットにはありますよね。違法なんですけど、勝手に音源を上げているブログが世界中に無数にあるじゃないですか。ニッチな音源が多くて、好奇心に駆られて何なのかもわからずとりあえず貪るように聴いてましたね。ちなみに僕が初めて〈インターネット発〉で衝撃を受けたのは相対性理論です。友達に教えてもらってmyspaceのバンド・ページを知って、当時はライヴでしか姿を見せなかったうえに画像検索をしてもメンバーが写ってるのはほんとにちっちゃい画像一枚しかなくて。これは誰なんだと。曲は良いし、歌詞はおもしろいし、ニコ動でも話題になりはじめてて。インターネットで話題になったアーティストがブレイクすることなんてあるのか〜……とあの頃思ってました」
――相対性理論の自主制作盤(『シフォン主義』)が2007年で、翌年に全国流通して一気にブレイクしましたよね。匿名性が武器になることが判明したという意味でも彼らの登場は〈事件〉だったと思います! それで意識的にネット音楽を聴くようになった頃は何が流行ってたんですか?
「チルウェイヴだと思います。2011年くらいにBandcampの存在を知って、とりあえずわけもわからず聴いていったんですよ。で、その時に偶然チルウェイヴっぽいものに行き当たって、こういう音楽があるんだと。興味が湧いたので調べてみたら、2009年にウォッシュト・アウトっていうのが出てきて……という流れを後追いで知ったんですが。アンサー的なバンドが日本に出てきたことも知って、インターネットのシーンは国境関係ないところが良いなあと」
――その時に聴いた日本のバンドは?
「Moscow Club、Jesse Ruinsですね」
――なるほど。
「そのあたりで日本とか海外とかはもう関係ないんだな、と。ドメスティックで消費されるものももちろんあるんですけど、ネット音楽はチルウェイヴを境にシームレスになったんじゃないですかね。厳密に言えばチルウェイヴはインターネットから生まれた音楽ではないんでしょうけど、〈Chillwave〉ってタグが付けられた無数の音源と、それを取り上げる無数の個人ブログによって広まったので、その独特のカルチャーはインターネット的ですよね。その一連の〈現象〉を漠然とチルウェイヴと捉えています」
――チルウェイヴをきっかけにより深くネットの音楽を掘るようになったんでしょうか?
「そうですね。2012年にHi-Hi-Whoopeeが始まったんですけど、まあ、生半可な知識じゃ読者も付いてこないじゃないですか。だから詳しくならなきゃいかんな……と思ってより意識的にネット音楽を掘るようになりました」
――そもそもHi-Hi-Whoopeeに参加することになった経緯は?
「とある音楽ブログが昔ありまして、それがめちゃくちゃおもしろくて好きだったんです。僕、2ちゃんねるのまとめブログ系は見ないようにいまでも意識的にシャットアウトしてるんですけど、そのなかでもひとつだけ読んでたまとめブログがそこで。〈路地裏音楽戦争〉っていうんですけど。他とちょっと違ったフラットな目線で書かれているのがなんか共感できたんです。いわゆる音楽ライター的ではない素人感丸出しだったんですけど、その〈大人じゃない〉感覚というか、これはきっと若い人が書いてるんだろうな、という。もしかしたら僕と同年代かちょっと下くらいなのかなと思ってたんですよ。のちのちわかるんですけど、むしろ僕より全然年下で、〈マジかよこんな人いるんだ……〉と驚いたのが2010年とか2011年あたりかな。で、そのブログがいろいろ名前を変えたりしつつ結局閉鎖しちゃって、残念だなあと思ってた時にそこの管理人が新しいブログを始めます、という――それがHi-Hi-Whoopeeだったんです」
――なるほど、前身のブログだったんですね。
「そうなんです。Hi-Hi-Whoopeeを始めるにあたって、〈一人じゃなくていろんな人を誘って共同でやります〉ってTwitterで募集してたんですよ。で、僕がそれに反応して。その時に集まったのが4人で、2012年の夏にスタートしました。僕はその時オーストラリアにいたので、ネットなら繋がれるし、いいかなと思って」
――そうでしたか。でもそもそもネット音楽だけを扱っているブログではないですよね?
「もともとの名目は〈放課後に音楽が好きな人たちが集まって、これ良かったよ!と互いに教え合うようなノリでやろう〉という感じだったんです。そんな話をいちばん最初にSkypeでやり取りした記憶があります。でもなんだかやってるうちに自然とフリー・ダウンロードの作品を紹介するようになってて。おもしろいものを紹介してたら自然とBandcampにあがっている作品を選んでた、というだけで。Hi-Hi-Whoopeeが発足した2012年当初は、まだフリーの音源を紹介しているメディアは日本にはそんなになかったんです。それこそTwitterでそういうものをツイートしてる人も限られてました。Bandcampのフリー音源をURL付きでツイートしてる人を検索すると、いつも同じ人、みたいな。そういう、無料の音源を評価する姿勢がまだわりとパンクな時期だったんですよね。〈フリーでもこんなに凄いやつがあるんだぜ!〉っていう。いまでこそCDでも無料の音源でもフラットな目線で捉える方は増えましたけど、当時はまだフリー音源はいまと比べて地位が低いイメージがあったから、逆にフリー音源のなかから良い作品を紹介したいというのはありました。そしたらちょうどそのくらいの時期にヴェイパーウェイヴが来て……」
――ヴェイパーウェイヴの誕生が2012年頃と。
「日本で最初に話題になったのがその年ですね。Hi-Hi-Whoopeeのスタートと同じくらいのタイミングです。キーツ・コレクティヴ*が立ち上がったのもその頃でした。だからHi-Hi-Whoopeeは生まれるべくして生まれたのかなとちょっと運命的なものを感じましたけど」
*グローファイやフューチャー・ファンク音源を発表するポスト・チルウェイヴの名レーベル
――へぇ~。ネット音楽の歴史においても重要な年なんですね。
「なにかが始まる予感のようなものは感じましたね」
――ヴェイパーウェイヴはどういったきっかけで知ることになったんですか?
「情報デスクVIRTUALの記事をele-kingで見たのが最初です。そこからINTERNET CLUB関連やほかの作品を知り……やっぱり始めは〈なんだこれは〉ってなるじゃないですか。CMの曲を延々にループさせてるだけだったりして、〈これで作品なの?〉というのもあるし。SoundCloudやBandcampをしっかりプロモーション・ツールとして使いこなしてる人たちがいる一方で、むしろそういうのをおちょくる、バカにしてるようなムードをヴェイパーウェイヴには感じて。衝撃でしたね」
――カウンターとしてというか。
「そうですね。それ以降毎日Bandcampの〈Vaperwave〉のタグはチェックしてました。いまはもうあんまり聴いてないんですけど」
――もうあまり興味なくなっちゃいましたか?
「ある時期からみんな一緒になっちゃってるんで、衝撃は受けないですよね。最初の頃はどれも挑発的だったし新鮮だったので。いまでもなかには光る作品もあるんでしょうけど、それを見つけ出すのは相当時間かけないといけないので。最近はポエムコアが好きですね。あれもインターネット的じゃないですか」
――BOOLさんですか?
「そうです」
――初めて〈ポエムコア〉っていうワードを聴いた時は本当に〈なんだそれ〉って感じでした(笑)。
「僕もそうですよ。で、聴いてみて……おお、これは真面目に記事にしなきゃと思いましたね。ヴェイパーもそうでしたけど、あれくらい崩されると〈こういうものこそ姿勢を正して受け止めなきゃ〉ってなるんですよね。実際BOOLさんの新作はめちゃめちゃ良いですし」
――world’s end girlfriendの“ゆでちゃん”に参加されていて初めてBOOLさんを知ったんですが、あの曲でちょっと泣きそうになりました。
「あれはヤバイ!」
――BOOLさんのアルバムはVirgin Babylonがリリースしていますが、個人的にこのレーベルの動きはいますごくおもしろいなと思ってるんですよ。
「いま日本でいちばんおもしろいレーベルはVirgin Babylonだと思ってます、本気で」
――あ、そうですか。ネット・レーベルではないですけど、ネットを上手いこと使っている気がします。〈Virgin Babylon Selected Works〉のような企画は、名のあるレーベルがやるからこそ意味があると思うし、よくぞやってくれた!という印象でした。
「理解があるなあと思いました。〈Virgin Babylon Selected Works〉で紹介されていたメトロノリさんなんて最高ですよね。彼女のインタヴューがあったらぜひ読みたいです」
――機会があれば検討したいです。
「あともう一人、Virgin Babylonからアルバムをリリースするcanooooopyさんもかなりおもしろい」
――荻原さんがライナーを書かれてましたよね?
「はい。フリー・ソフトで物凄いクォリティーのトラックを作る方なんですよ。その周辺アーティストも素晴らしくて、mulllrさんとかAyl_Eさんとか。こういった方々のネットでの活動からは目が離せないですね。で、ここへ来てcanooooopyさんがVirgin Babylonからアルバムを出すことになって……ついにこういう時代になったんだなと」
――ネットの世界でコツコツと良い楽曲を発表してきた人たちがここにきてようやく……ということですよね? でも国内外問わず、今後もっと増えていくんじゃないでしょうか。
「そうでしょうね」
――canooooopyさん周辺はちゃんと知りたいので改めて教えてほしいです! ちなみに、最近のネット音楽でこれから話題になりそうなシーンなりアーティストはいますか?
「最近Hi-Hi-Whoopeeでよく取り上げているような、TVゲームに影響を受けてるものは2014年っぽくておもしろいですね。Red Bull Music Academyが制作した、ゲーム音楽にフォーカスしたドキュメンタリー(『DIGGIN' IN THE CARTS』)が本当に素晴らしかったんですけど、ただ、あれは80~90年代のゲームの8ビットや16ビットだったり、いわゆるチップ・チューンがメインで、その時代のゲーム音楽に影響を受けたアーティスト(フライング・ロータスやサンダーキャット、Jロック、アイコニカなど)が登場してましたよね。その一方で、いまネットを通じてエクスペリメンタルな音源を発表している人たちは、どうやらPLAY STATION 2とかXboxかそれ以降の世代のゲームに影響を受けている印象なんですよね。これはまだあまり陽の目を浴びていないですけど、2014年のネットのアンダーグラウンドなシーンでは増えてきてる印象があります」
――ほほ~。
「フライング・ロータスの『Cosmogramma』を初めて聴いた時に〈なんだこのピコピコは〉と思ってたんです(笑)。なるほどこれはゲーム音楽に繋がっていたのか、というのを『DIGGIN’ IN THE CARTS』で納得しまして。だからいま、20〜30代でゲーム的な要素を持った音楽を作ってる人たちはメタルギアソリッド感とかバイオハザード感を採り入れてくるんじゃないですかね」
――ハハハ(笑)。でもすごく興味深いです! ところで荻原さんは普段どうやって音源をチェックしているんですか?
「僕はBandcampをチェックすることが多いかな。SoundCloudは最近はあんまり。細かい話ですけど、SoundCloudってちょっとだけ堀りにくいんですよ、んー、まあ、でもどれも同じかな……」
――最近気付いたんですけど、私もBandcamp派です(笑)。アルバム好きだからっていうのもあるかもしれないし、ヴィジュアルがよりしっかり見えるからっていうのもあると思うんですが。でもBandcampもSoundCloudも、とりあえずいろいろ聴いていいなと思った人なりレーベルなりを片っ端からフォローして、流れてきたものを日々聴いています。
「ストリーミングでですか?」
――そうです。
「僕はストリーミングはあまり使わず、一人好きなアーティストがいればその人がフォローしてる人、またそのフォローしてる人……っていう感じで辿る感じですかね」
――やはりそうですか。いろんな方に同じことを訊いてるんですが、大体皆さんそうやって聴いているみたいです。私もやらないことはないんですけど、なかなかにプロのやり方って気がしています(笑)。
「やっぱりストリームって受け身な気がしてしまって。やっぱり自分から聴きにいきたいんですよ」
――んー、なるほど。好きな人が好きって言ってるもの、影響を受けたものを聴いてみたいっていうのと同じですよね。
「でも、いわゆる好きなアーティストが影響を受けたアーティストって、基本的にはこれまでの偉大なアーティストが挙げられることが多いじゃないですか。でもネットは縦じゃなくて全部横で繋がってるから、無限に辿れるんですよね」
――確かにそうですね、ロマンがあります(笑)。では最後の質問になりますが、荻原さんはインターネット音楽とはどういうものだと思いますか?
「Massageという雑誌でインターネット・カルチャーが特集された時、ライターの国分純平さんが書かれたネット音楽についての文章がけっこう名文だなと思ってまして。そのなかに〈結局誰もわかっていない〉っていうフレーズがあるんです。インターネットの文化って、結局誰も何も本当のことはわかってないけど、それでも広まっていくし、なんとなく進んでいくものだと思うんですよ。だから〈結局誰もわかっていない〉っていうのはいろいろ象徴的だなと僕は思っていて。僕だってなんにもわかってない。だから、その〈わからない〉ままでも純粋に楽しむことが重要で。ポエムコアだったりヴェイパーウェイヴだったり、真実なんて検証せずにとりあえず楽しもうぜっていう文化だと思います。ちょっと肩の力を抜いて捉えてほしいなと」
――雲を掴むようなことがインターネット音楽の楽しみ方だと。
「そうですね。僕はそんなにインターネットの音楽についてわかってる人にはなれないなと思っていて。わからないままがいいのかなと」
――ネットで音源チェックするのって中毒性がありますよね。
「ありますね。SoundCloudとかBandcampで音源を探す時、僕は5秒で判断するんですよ。再生ボタンをクリックして、曲が流れるじゃないですか。で、なんとなく音の配置や質感で自分の耳に合うかどうか5秒で判断して、イイかもと思ったらそのまま10秒聴く、その10秒でやっぱりイイなと思ったら30秒聴く……という感じで。アーティストの方には本当に失礼で申し訳ないんですが……」
――うんうん、でもそれが正しい気がしますね。そうならざるを得ないというか。とはいえ、私はいまだにちゃんと聴かなきゃいけないんじゃないかと思ってしまいがちなんですけど(笑)。
「わかります、せっかく作ったものをっていう。でも(ネット上の音源は)大量にありすぎるので、この量を全部聴くのは到底無理だし、どこかで割り切っちゃわないとって思いますね。Hi-Hi-Whoopeeをやっていて思うのが、レヴューにしても書き手が本当に好きなものにグッとフォーカスした記事が読みたいじゃないですか、読み手は。〈これらがインターネット音楽です〉と自分の好みに関係なくバーッとたくさん紹介するのもひとつの手だとは思いますけど、僕は本当に気に入った音源だけをピックアップするようにしているんです。そうじゃないと読み手をワクワクさせられる文章は書けないんで。だから、もし嶺脇さん(タワーレコード代表取締役社長)がT-Paletteの作品をレヴューしまくる連載とかがMikikiにあったら絶対おもしろいと思うし絶対読みますよ!」
【番外編:荻原氏が注目する、次にブレイクしそうなアーティスト】
文/荻原梓
■luval
〈hoζy metal〉なるタグを使った〈光沢のある液体金属〉的な独特のニュー・エイジ風味の音色のトラックや、自身でも〈post-grime〉と説明しているようなグライムからの派生系/グライムを極限まで崩したエクスペリメンタルなトラックの連続公開で注目している。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『R Plus Seven』以降、アルカ『&&&&&』以降、ナイト・スラッグス以降、まさにそういった説明がしっくりくるサウンドの宝庫。
■Kanako Azuma
日本人でありながら感性がNY的というか、ロンドン的というか、ドイツ的というか……。近年のインダストリアル・テクノの盛り上がりを上手に吸収していると思うし、低音が強調されたいくつかのトラックを聴くと真っ先にラスター・ノートンのKyokaさんの影を思い浮かべてしまう。けれどこの方の独特なところは、心は穏やかなんだけれど脳みそはフル回転している感じという、決してフィジカルに訴えかけてはいない感じが好き。
ということで、ヴェイパーウェイヴ、ポエムコア……ネット音楽にまつわるさまざまなワードが登場していますが、そのあたりのことをもっと知りたい!なんて人もいますよね? 今後はそういったキーワードについても紹介していきますので、引き続きチェックしてくださいね! *Mikikiネット音楽部