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香港でも愛される名曲“世界中の誰よりきっと”の美しいカバー

2部の開始前に会場を見渡すと、後方まで観客で埋め尽くされており、〈盛況〉という言葉がふさわしい動員となっていました。2部のセットリストは1部と大部分が共通していましたが、新しい楽曲が加えられ、同じ曲であってもアレンジに変化が加えられており、1部とは異なる印象を与えることに成功していました。

2曲目にはディスコファンク調にアレンジされた“Portal”、3曲目にはブレイクビートやファンクの要素を取り入れた“面目”が披露され、アグレッシブでダンサブルな楽曲が立て続けに展開されました。内省的な雰囲気だった1部から一転し、会場の空気は一気にガラリと変わりました。

2部の最後に披露されたのは、中山美穂の楽曲“世界中の誰よりきっと”でした。演奏前に波多野は、「この曲は香港でもたくさんカバーされていて、香港でも日本でも耳にしたことがある方が多いはず。日本と香港は音楽的なつながりがとても強いので、そういった意味で選びました」と語りました。

本楽曲では、波多野もボーカルを務め、ケンディとのデュエットが披露されました。最初のAメロとサビはケンディが広東語で歌い、2回目のAメロを波多野が日本語で歌唱。そして2回目のサビでは、ケンディと波多野が日本語の歌詞で美しいハーモニーを響かせる構成となっており、非常に美しい展開でした。

1部から2部までを通して振り返っても、あっという間に時間が過ぎてしまうほど、贅沢なライブでした。このクオリティのパフォーマンスを無料で観られるのは、とても幸運なことだと感じました。

そして、〈音楽を通じて日本と香港をつなげたい〉という、ケンディと波多野の想いがひしひしと伝わってくる、考え抜かれた選曲にも、終始感心させられました。

 

香港と日本カルチャーのコラボを夢見て

ライブ後のインタビューで、ケンディと波多野は、それぞれの視点から香港の音楽の現在と、日本とのつながりについて語ってくれました。

波多野は、2011年から香港に拠点を移し、音楽シーンの変化を体感してきたといいます。近年の香港では、「バークリー(音楽大学)を卒業したり、欧米で音楽を学んで帰ってきた若くてエネルギッシュな作曲家・編曲家・プロデューサーが増えていて、世界的に通用する才能を持つ人たちが、ちらほらとシーンに入ってきています」と語りました。一方で、そうした香港の現状については、「まだ十分に外には知られていないのが現状です」とも語り、課題を指摘しています。

そして本ライブについては、「こうした場を設けることは、すごく意義があります。〈ホップ・ステップ・ジャンプ〉における、本当の〈ホップ〉だと思います」と語り、今後への期待を込めました。

ケンディは、今回のカバー楽曲を選ぶにあたって、日本と香港の音楽交流の原点を意識したといいます。とりわけBEYONDについては、「実際に日本で日本語の音楽活動を行った、初めての香港の象徴的なバンド」と語っており、その思い入れの強さが伝わってきました。また、“Plastic Love”の広東語バージョンについては、「香港のポップスの多くは当初、日本の曲をリメイクしたものでした」と述べ、そうした楽曲が「本イベントの〈香港ミュージックコーナー〉の出発点として象徴的だと思ったんです」と続けました。

ケンディは1部のライブで最後の曲を演奏後、「Welcome to Hong Kong(香港へようこそ)」と言ったのが印象的でした。この点について触れると、「自分ひとりでは香港全体を代表できませんが、私の音楽を通じて、香港で起こっているさまざまなことを広く紹介できればと思っています」と話しました。また、ケンディは、「こうしたイベントを通じて、新しいムーブメントが生まれていってほしいです。もっと多くの香港の人たちが、日本にただ観光に来るのではなく、カルチャーのコラボレーションをしに来てくれたらと思っています」と、その野心も語りました。

〈世界はひとつ〉という信念のもと、音楽だけにとどまらず、ファッションやライフスタイルをも巻き込んだカルチャーの橋渡し役になりたいというケンディのビジョンは、ゆっくりと、しかし確かに動き出しているように感じられます。今回のイベントがその第一歩となり、ここから新たな交流が生まれていくことを、ケンディ自身が何より楽しみにしているのかもしれません。

 


INFORMATION
塔音渋谷『香港音市』特設コーナー

日程:2025年4月16日(水)~
場所:タワーレコード渋谷店7階

 


PROFILE: KENDY SUEN
香港のシンガーソングライター。自身の音楽プロジェクトではセルフプロデュースをおこない、中国書道も通じて自身の心を表現するなど音楽の枠内に留まらない多彩な活動を展開している。2021年に初のソロEP『無名序』をヴァイナルとカセットでリリース。2023年にはEP『Pi(π)』を発表し、斬新なサウンドプロダクションを提示した。また同年3月にリリースしたシングル“白眉(やよいmix)”では日本語詞に挑戦し、リリースからわずか1ヶ月で3万回以上の再生を記録した。2024年には楽曲“維納斯的誕生(ヴィーナスの誕生)”をテーマにしたアート展をキュレーション。7人の香港のビジュアルアーティストとコラボレーションし、それぞれのスタイルでヴィーナスを再解釈した作品を展示する、音楽とアートによるインスタレーションを実施した。さらに同年、沖縄で開催された音楽フェス 〈INSPIRATION OKINAWA 2024〉に出演するなど近年は活動の場を世界へと広げ、同世代のミュージシャンたちと積極的にコラボレーションを行っている。

PROFILE: 波多野裕介
香港のポップ音楽シーンおよび映画音楽界で10年以上にわたり活躍する作曲家。31歳のときに〈香港電影金像奨〉において日本人として最年少でノミネートされ、受賞を果たす。長年にわたり複数の国で生活してきた経験から彼の音楽スタイルには多文化的な背景が色濃く反映されている。クラシックやジャズ、現代音楽、エレクトロニックなど幅広いジャンルに対応し、多様な音楽性を備える。近年は香港や中国本土、日本各地でオリジナル楽曲の演奏活動を積極的におこない、ジャンルの枠を超えた音楽の融合を通じて新たなサウンドと可能性を切り拓いている。