バー・イタリアは、ニーナ・クリスタンテ、ジェズミ・タリック・フェフミ、サム・フェントンによるバンドだ。結成されたのはイタリアではなくイギリス。バンド名はロンドンのソーホーにある同名のカフェが由来だという。
イタリアで生まれ、2007年にイギリス移住を果たしたニーナがジェズミやフェントンと音楽を作りはじめたのは2019年のこと。2020年には、ハイプ・ウィリアムズのメンバーとしても知られるディーン・ブラントの主宰レーベル=ワールド・ミュージックからファースト・アルバム『Quarrel』を発表するなど、バンドを結成して瞬く間に注目の存在となった。ワールド・ミュージックからのリリースは、2021年の2作目『Bedhead』とその後の配信シングルで区切りをつけている。3作目『Tracey Denim』(2023年)と4作目『The Twits』(2023年)はホースガールやパフューム・ジーニアスを擁するマタドールから発表された。
マタドールと契約して以降の3人は、より人気を高めていった。『Tracey Denim』はさまざまなメディアのベスト・アルバム・リストにランクインし、『The Twits』リリースに伴うEU/北米ツアーを成功させた。
その勢いは、このたびリリースされたニュー・アルバム『Some Like It Hot』でさらに増すだろう。これまでの3人は先鋭的な音を鳴らすことに夢中なところが見受けられたが、本作はメロディーや起承転結が明確なポップソングを多く収めている。その筆頭が“rooster”だ。ニルヴァーナや『Goo』期のソニック・ユースを思わせるノイジーかつヘヴィーなギターが際立つこの曲は、一度聴いたら耳から離れないキャッチーな歌メロを紡いでいる。ギター・リフの反復によって聴き手のテンションを高めていく構成はライヴのハイライトになりそうだ。
一方で、退廃的な雰囲気を醸す“the lady vanishes”はヴェルヴェット・アンダーグラウンドやファッグスといった60年代のクラシカルなバンドを連想させる。ピアノの響きは物哀しさと甘美さを演出し、「死刑執行人もまた死す」といったフィルム・ノワールの世界に迷い込んだような感覚を抱かせる。
曲ごとに作風ががらりと変わるのは、ニーナの叔父が深く関係しているかもしれない。The Face誌が2023年に行ったインタヴューによると、彼女の叔父はヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ブロンディー、ニコ、ストロークスなどの曲をCDに焼いて聴かせてくれたそうだ。ニーナいわく、そのCDは「聖書のような存在」だという。このようにして育まれた折衷性は、バー・イタリアの音楽性にも反映されている。
デビュー当初はインタヴューを受けることが滅多になかったため、3人はミステリアスと評されることもあった。そうした側面は現在もなくはないが、このイメージは『Some Like It Hot』によって塗りかえられるだろう。“Fundraiser”や“omni shambles”はビートを強調したダンサブルな曲に仕上がるなど、汗臭さの漂う享楽的な側面が本作では顕著になっているからだ。“Eyepatch”に至っては、スーパーグラスなどのブリット・ポップを彷彿とさせるエネルギッシュかつ陽性なグルーヴが渦巻いている。過去作でのバー・イタリアは神秘性というヴェールに包まれていた。しかし本作には、ヴェールを破り捨て、幅広い聴き手が夢中になれるキャッチーなメロディーと折衷性を爆発させたバー・イタリアの新たな姿が刻まれている。
バー・イタリア
ニーナ・クリスタンテ(ヴォーカル)、ジェズミ・タリック・フェフミ(ヴォーカル/ギター)、サム・フェントン(ヴォーカル/ギター)から成るバンド。ローマ育ちのクリスタンテが他2名とロンドンで出会って結成され、2020年にワールド・ミュージックから初音源『Angelica Pilled』をリリースする。2023年にマタドールと契約し、『Tracey Denim』と『The Twits』を発表。昨年の初来日公演を経て、このたびニュー・アルバム『Some Like It Hot』(Matador/BEAT)をリリースしたばかり。
