©Zachary Harrell Jones

デカい仕事の数々で俄かに注目を集めることとなったエクスペリメンタルな奇才がエモーショナルな新作をリリース――その豊かな表現の根幹にあるものとは?

 ディジョンが8月に発表した『Baby』が話題だ。ジャスティン・ビーバー『SWAG』と『SWAG II』の制作陣に名を連ね、その2作に挟まれてのリリースというタイミングも奏功したのだろう。前者では“Devotion”にシンガーとして客演。また、以前ツアーの前座に彼を招聘したボン・イヴェールの近作『SABLE, fABLE』でも“Day One”にシンガーおよびソングライターとして参加した。過去にはチャーリーxcxの“Pink Diamond”(2020年)をAG・クックと共同制作していたが、ここにきてそのマルチな才能が広く認識されはじめている。先頃公開されたポール・トーマス・アンダーソン監督の映画「ワン・バトル・アフター・アナザー」では銀幕デビューも果たした。

DIJON 『Baby』 R&R/Warner(2025)

 92年生まれの33歳。本名はディジョン・デュエナス。現在はLAを拠点に活動するが、グアム出身の父とバイレイシャルな母が共に米軍従事者だった関係で、国内外で少年時代を過ごした。ボルチモアで大学生活を送り、2012年に友人のアビーラス・ラジュとプログレッシヴなR&Bデュオ、アビ//ディジョンを結成。このデュオはアンビエンス漂う“Often”(2016年)などがカルトな人気を集め、同時期にはネイオの“Adore You”にも客演している。デュオ解散後、ディジョンはブロックハンプトンの作品にバック・ヴォーカルで参加。彼らとは以後もメンバーのマット・チャンピオンらと関係が続き、近年もマットのソロ作に裏方として参加していたのも記憶に新しい。

 ソロになってからは2017年のシングル“Stranger”を皮切りに作品を発表。2019年と2020年にはボン・イヴェールに通じるインディー・フォーク的な内容のEPをワーナー配給のR&Rから出し、同時にリリス名義の実験的な作品もBandcamp限定で発表している。そして、EPでの音楽性をベースに、ポップ・ロックな“Many Times”を先行シングルとして2021年にリリースしたのが、ファースト・アルバムとなる『Absolutely』だ。これはアルバムのセッションを再現した短編映像も話題になった。

 複数の楽器を操るディジョンの制作パートナーとなったのは、同じくマルチ奏者でギターの名手であるミック・ギーことマイケル・ゴードン。アルバムはローファイな音像のインディー・フォークを軸としつつ、80s R&B風の“The Dress”、リン・コリンズ“Think (About It)”のブレイクビーツが映える”Talk Down”のような曲も収め、未完の大器といった印象を与えた。

 ミック・ギーとの絆は深まり、ディジョンは彼のソロ・アルバムにも共同制作者として参加。そのミックにも助力を得つつ、前作に関与したアンドリュー・サーロとの共同作業を中心に制作したのが、このたびフィジカル化されたセカンド・アルバム『Baby』である。

 テーマは新しい家族の誕生。前半、“Baby!”と“Another Baby!”、そしてボン・イヴェールのメンバーも参加した“HIGHER!”の3曲では、父親になった喜びを掠れ気味の情熱的な声で爆発させる。“HIGHER!”は80年代のプリンスとディアンジェロの『Black Messiah』を繋ぐようなエッジの効いたポップ・ファンク。これを含む半数の曲でベースを弾くのがピノ・パラディーノだと知って大いに頷いた。

 アルバムはゴスペルやダブの要素も滲ませ、BJバートンが関与した“FIRE!”に代表されるように、エフェクトをかけた楽器や声のリフなどが歪んだノイズを発しながら無秩序にスパークしていく。が、根底にあるポップネスが混沌を混沌のままにせず、破綻しない。ジャスティン・ビーバーの近作で共に名を連ねたカーター・ラングも関わるプリンス風のミッド・バラード“Yamaha”ではメロディーメイカーぶりも発揮。奇才とはオーセンティシティの塊でもあることをディジョンは教えてくれるのだ。

左から、ディジョンの2021年作『Absolutely』(R&R/Warner)、ジャスティン・ビーバーの2025年作『Swag』(Def Jam)、ボン・イヴェールの2025年作『SABLE, fABLE』(Jagjaguwar)

ディジョンの参加した作品を一部紹介。
左から、リース・ロスの2025年作『I Can See The Future』(Republic)、ミック・ギーの2024年作『Two Star & The Dream Police』(R&R)、ケニー・ビーツの2022年作『Louie』(XL)、チャーリーXCXの2020年作『How I'm Feeling Now』(Asylum)