今回の課題盤
――今回は2015年の一発目の〈ハマ・オカモトの自由時間〉になりますが、(取材時の)2014年末現在、この連載的にもビッグ・ニュースなアルバムですね!
「約15年ぶりの……正確に言うと14年と11か月ぶりの新作になりますね、ディアンジェロの『Black Messiah』。以前、bounceで連載をしていた時に紹介した前作『Voodoo』(99年)から約15年が経っていると。ここ何年も都市伝説のように〈出る〉という話が(笑)」
――さんざん言われてました。
「この新作に参加しているクエストラヴが〈出るよ〉と言ってましたもんね」
――そうでしたね(笑)。
「と言われていながらも一向に発表される気配がなかったなか、12月に突如、予告編映像が公開されてTwitter上に製品盤の写真が出回り――こんなに2014年っぽいことはないなと個人的には思いまして」
――〈えっ!〉と言っている間にiTunesでまずリリースされてしまった感じ。〈出るよ!〉とアナウンスされた3日後くらいでしたかね。最近、海外の大物にそういうパターンがたまにありますけど。
「ひとつの作品がリリースされるまでにはプロモーションの仕方を考えたり構想を練って、なんだかんだ作品が完成してから半年ぐらいの時間を費やして世に出るっていう基本的なサイクルがありますが、そういうことをブッ飛ばして〈間もなく出ます〉とマネージャーがサイトを通じて言ってしまうスピード感、そういう宣伝の仕方にとにかく感激しました。いまCDが売れない、一方で配信がすごく伸びているわけでもないというなか、こういうことは大事だなと思って」
――宣伝というか……っていうくらいラフな告知でしたよね。
「待たせた15年という歳月を良しとさせるいちばん効果的な発表の仕方だった気がします。〈出します、来年の2月に〉って言われたら、逆に〈一生待つから出さないでいいよ〉みたいな気分になっちゃいそうだったけど」
――ハハハ(笑)。でもこの宣伝に見えない告知が逆にバズらせた感じはありますね。
「凄かった。カニエ・ウェストがプロモーションもしないしジャケットもない『Yeezus』(2013年)をリリースするなどいろいろありましたけど、今回のディアンジェロのスピード感は群を抜いて素晴らしいと思います。アルバムの内容も、全体を通して一人の人間のすごくピュアな作品というか、語弊を恐れずに言えばあまりドラッギーな感じがしないんですよね。そういうことに頼らずに作っていますという感じが、『Voodoo』とは異なる点だなと。もともとスウィートな人だと思うけど、15年前は上半身裸でシックス・パックスをアピールしたマッチョさが前面に出ていたのに、新作はもっとナチュラルなイメージ。曲が進むにつれてロマンティックさがどんどん出てくるし。『Voodoo』から15年を経て生まれたものが、すごいドロドロした、『Voodoo』路線を突き詰めたパターンでもそれはそれでカッコ良かったのかもしれないけど、今回はすごく〈いい人〉のアルバムを聴いてる気がしたんです」
――健全な人、という意味での〈いい人〉。
「そうそう」
――ディアンジェロってこういう感じ、っていうイメージが良くも悪くもこの15年の間に神格化されていたなか、そのイメージを激しく裏切ることなく、かといってあの頃と同じではない。いまの彼の音がちゃんと鳴っているなというのが最初の印象です。
「それってすごく難しいことだと思うんですよ。もしかしたらアルバム2、3枚分ぐらい作ってたんじゃないかぐらいの。大きく外れることもきっとできたと思うんですけど、安心して聴けるディアンジェロおじさんっていう印象をうけました。ずっとアルバムを待ってた人が〈やったー!〉って言った甲斐があるサウンドですよね。これで仮にEDMになっていたりしたら……」
――ねえ。あのディアンジェロのままでいてほしいけどいてほしくない、進化はしてほしい、というその塩梅を上手いことやってくれたなと思って。
「ホント丁度いいんですよね。過去にこういう曲はないんだけど、(曲を聴きながら)この時点でディアンジェロじゃないですか。言葉にするのは難しいのですが……」
――わかります。雰囲気、ニュアンス的なところですよね。
「相変わらずニャーニャーニャーニャー言ってるし(笑)。あと、今回ディアンジェロ・アンド・ザ・ヴァンガードという名義じゃないですか。クエストラヴやピノ・パラディーノといった馴染みのメンツも含めたメンバーで構成されているヴァンガードというバンドとの名義に。わざわざバンド名義にする必要はないのにあえてそうしたということは、アルバムを作るうえでミュージシャンズ・クレジットにすごく敬意を払っているんだと思うし、このメンバーでツアーをするという意味にも取れますよね」
――ベースがピノ・パラディーノというところでも、ちょっと安心しませんでしたか?
「前回bounceで紹介した時に言いましたけど、ピノ・パラディーノが参加している名盤だと聞いて『Voodoo』を買ったのに、聴いてみたらワケわかんねえ……という感じを見事に思い出させてくれました(笑)」
――ハハハ(笑)。
「『Voodoo』の時に“Devil’s Pie”や“Chicken Grease”あたりで聴かせていたようなキラー・フレーズも随所に忍ばせつつ、ピノ・パラディーノのこうやって弾いている感じ(ピノが弾く真似をして)がしっかり出てます」
――ほう(笑)。
「ピノ・パラディーノがいちばん〈ピノ・パラディーノ・モード〉に入る時というか。〈絶対にルールないでしょ、それ〉みたいなフレーズを弾いているんですよ。ピノはザ・フーやジョン・メイヤー・トリオでも弾いているけど、そうではないディアンジェロで弾く時のピノ・パラディーノのいちばんカッコイイ感じなんです(笑)。タワー・オブ・パワーのロッコ(・プレスティア)と同じで、どこがゴールでどこまで決めて弾いているのかがわからない感じ。僕が思うピノ・パラディーノのなかでいちばんピノ・パラディーノなやつ(笑)!」
――ハハハ。ピノ・パラディーノってこれだよね!っていうピノ・パラディーノのプレイが聴けるんですね(笑)。
「これは誰も真似できない。これをコピーしてくださいって言われたらたぶんできないんですよ」
――楽譜にもならない感じですか?
「楽譜にするのはすごく面倒くさいと思います。だって決まったフレーズがないんですもん。いわゆるポップスとは違って、AがあってBがあって……っていう決まったものがないからこそ、リズムに対して遊びが効くっていうか」
――なるほど。
「いやもう、ピノ・パラディーノの仕事ですよ。あと、今回個人的に嬉しかったのは、もちろんリリースされるニュースが出て〈やったー!〉と思っていたら、ミュージシャンの友達から〈ニュース見た?〉という電話があったりして。そういうのは初めてかもしれない。ディアンジェロの評価はもちろん高いですが、これだけ前作から間が空くとちょっと〈思い出補正〉があったり、レジェンド化されていたりもするから、いざ今回新作が出て、いったいどれくらいのチャート・アクション/収益を叩き出せる人なのかというのは、ちょっと見ものですよね」
――確かにそうですね。音楽好きの間ではすごく話題だけど、一般的にどうなのかは見えないところもあります。
「だいぶ時代も変わりましたし。特に海外での反応が気になりますね。最近またネオ・ソウル的なものが注目を浴びるようになったり、“Get Lucky”効果みたいなのはこのあたりまで反映されていると思うんです。ディアンジェロを知らなかった人にどう響くのかが楽しみですね」
※取材後に発表されたiTunesチャート(US)では初登場第3位、ビルボード・チャートでは初登場第5位でした。
――ロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズが話題になったことで、ヒップホップとかソウルとかジャズとかいうカテゴリーを超えて……なんて言うのもいまさらですが、単純にこれまで以上にリスナーの裾野も広がっているのではないかという気もしていますし。
「なんとなくそのへんを好きになって調べていけば、必ずぶち当たる名前がディアンジェロなのは確かじゃないですか。最近こういうのが好きになった人は本当にラッキーですよ、15年も待っていた人がいるのに。僕もレッチリにハマってすぐに『Stadium Arcadium』が出て、その後レッチリの作品を掘っていったのですが、なんてタイミング良く好きになったんだ!と思いましたから」
「あと、今回はいまアメリカで起こっているデモ(白人警官による黒人青年射殺事件を発端にした大規模デモ/暴動)とリンクしたことも大きいですよね。本人もリリースに際してメッセージを出していたけど、そうなると音楽ってすごく化けると思うので」
――この問題をきっかけにリリースを早めたと言われていますよね。
「ある種、テーマソングというか〈テーマ・アルバム〉みたいな感じで登場したので、さながらアメコミかと思った。『Black Messiah』って……マーヴェルじゃん、みたいな(笑)」
――ホントだ、〈黒い救世主〉。それにしても良くも悪くもすごくタイムリーなリリースですよね。
「こういう連載をやらせてもらっていて、ディアンジェロの新作が出るなんて夢にも思っていなかったです」
――もう出ないと思ってましたもんね(笑)。出る出る言ってて出ない、というのを楽しんでたというか。
「LOW-PASSのGIVVNが〈いっそ一生発売しないっていうのもいいかもな〉みたいなツイートをしていて、確かに出ないでほしかったという気もちょっとある(笑)。僕のなかで2014年最後のビッグ・ニュースは『スターウォーズ』(2015年12月公開予定の『スターウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』)のトレイラーが公開されて、〈本当にやるんだ!〉っていうことだったんですが、ディアンジェロの新作もそれとまったく一緒なんですよ。スゲー!と思って」
――1年の最後の最後に来ましたね。
「僕、リリース日にUSのiTunesをずっと見てて、iTunesに『Black Messiah』が放り込まれた瞬間に星野源さんに送ったんです。リリース後に『Black Messiah』のページはデザインが施されたんですけど、まだそれもなく、評価もゼロの状態で。その後行われた源さんの横浜アリーナ公演はこのアルバムがSEになっていました、ハハハハ(笑)! たぶん日本最速ですよ」
――そうなんですね、贅沢だな(笑)!
「ミュージシャンがこんなにワクワクすることって滅多にないから、すごく良かったな。Mikikiでこの連載の〈2nd Season〉が始まって初めて良い感じのホット・ニュースになりました。ブートですけどライヴ盤を聴いたりすると、フェスの演奏も結構いいなと思って。〈フジロック〉の〈WHITE STAGE〉あたりで観たい」
――〈GREEN STAGE〉ではないんですね(笑)。
「グリーンじゃないところで観たい気がしますね。フェスの時のオラオラ具合がいいんですよ、個人的に。まあそれも含めて、すべてにおいて期待せざるを得ないですね。聴き込まなきゃと思わされるアルバムです」
PROFILE:ハマ・オカモト
OKAMOTO'Sのヒゲメガネなベーシスト。最新作『Let It V』も大好評のなか、奥田民生やRIP SLYMEらを招いたコラボ・アルバム『VXV』(ARIOLA JAPAN)が絶賛リリース中! 1月17日(土)は2015年の初ワンマン・ライヴとなる〈平成岡本座完結編「最後の一月大演奏」〉を京都・磔磔で開催します。さらに、2月4日にはニュー・シングル“HEADHUNT”が、そして3月18日には昨年の日比谷野音公演を収めた初の映像作品となるライヴDVD「OKAMOTO’S 5th Anniversary HAPPY! BIRTHDAY! PARTY! TOUR! FINAL @日比谷野外大音楽堂」をリリース! そのほか最新情報は、OKAMOTO'SのオフィシャルサイトへGo!