©Renell Medrano

内省に沈んだ空白の期間は入魂の傑作という形のサプライズで破られた。心の平穏を投影して現在の生き様が率直に綴られた帰還の報告――渾身の『SWAG』を掘り下げる

パーソナルな作風

 2009年に全米デビューした紅顔の美少年も31歳となり、多くの栄誉に浴しながらboys to menへと成長する中で、さまざまな痛みも刻んできた。スーパースターとして成功の代償も払ってきたジャスティン・ビーバーだが、音楽面だけで言えば好調続きだ。過去6作のアルバムはすべて全米初登場1位を記録し、内容も充実。2021年作『Justice』から誕生した“Peaches”や“Ghost“のメガヒットも記憶に新しい。が、同作発表後は自身最長となる4年のブランクが空いた。その意味では、2025年7月にサプライズ・リリースした7作目のアルバム『SWAG』は〈カムバック作〉と言っていいのかもしれない。

JUSTIN BIEBER 『SWAG』 Def Jam/ユニバーサル(2025)

 そのブランクの4年間は、ジャスティンにとって痛みに耐える期間でもあった。2022年からスタートしたツアーは途中体調不良で休止となり、その後の公演はキャンセル。これに伴う経済的な損失のほか、マネージャーとの決別、パパラッチとの一触即発、それらにまつわるゴシップなど不運が続いた。だが一方で、2024年には妻でモデルのヘイリーとの間に息子ジャック=ブルース・ビーバーが誕生。幸せを噛み締め、メンタルを労りながら心の平穏を取り戻すなかで完成させたのが『SWAG』となる。

 息子の誕生が本作に与えた影響の大きさは想像に難くない。ジャスティンが2歳の時に机を手打ちしたドラミング(ホームビデオの音源)をブレイクビーツ的に使用してリルBのラップを交えた“DADZ LOVE”では、父となった現在の視点で分断や憎しみよりも愛を求めるべきだと歌っている。そして、現実から目を逸らさず一緒に苦難を乗り越えたいと歌う“WALKING AWAY”など、妻ヘイリーへの思いを綴ったラヴソングも多い。

 つまりは家族を軸としたパーソナルな内容で、アルバムに統一感を持たせるためか、今作では過去作に比べて共同制作者の数も絞っている。メイン・プロデューサーはカーター・ラング、ディラン・ウィギンス、エディ・ベンジャミンで、曲によって気鋭のディジョンやダニエル・チェトリットらが関わるといった体制だ。

 キャッシュ・コベインを迎えてドリルに接近した“SWAG”は〈イケてる俺〉を誇示するスワッガーな曲。これをアルバムの表題にしたことからも心の安寧を保てているのだろう。冒頭の“ALL I CAN TAKE“は幾分センシティヴだが、己の限界を受け止めて前向きに行こうと決意する。トバイアス・ジェッソJrもペンを交えたこの曲はラルフ・トレスヴァント“Sensitivity“を思わせる優美なグラウンド・ビート調で、ノックス・フォーチュンが制作に絡んだ“FIRST PLACE“も同路線だ。また、セクシー・レッドを招いたセクシャルな“SWEET SPOT”はニュー・エディション“Can You Stand The Rain“のメロディーを引用したバラード。これらを聴いていると、制作を手掛けたカーターやディランは往時のジャム&ルイスを意識したのではないかと思いたくもなる。バラード“405”における歌唱やガンナを迎えた“WAY IT IS”のビートはトラップ以降であるものの、ハーヴが制作に関わったスロウ“TOO LONG”やプリンスのバラードを想起させる“GO BABY”も含めてDX7などのシンセ音が浮遊する本作は、80年代R&B的なムードがノスタルジアを喚起する。