編曲の妙を存分に楽しめる、愛奏曲を中心としたアンコール小品集
2007年のチャイコフスキー国際コンクールを制し、今や日本有数のヴァイオリニストに成長した神尾真由子。通算5枚目となる最新盤は、彼女の愛奏曲を中心としたアンコール小品集で、ヴァイオリンの魅力を様々な角度から味わえる1枚に仕上がっている。
全26曲に及ぶ収録曲について、「どんな方でも楽しめるように、できるだけ間口の広い選曲を心がけました」と語る神尾。その言葉通り、時代はロマン派から現代、地域はロシア、フランス、ドイツ、イタリア、日本と、実に多彩な名曲が並び、聴き応えも十分だ。かねてからロシアを中心とした濃密な作品を得意としてきた彼女らしく、ピアノ(神尾と同じ年のチャイコフスキー国際覇者で、現在は彼女の夫でもあるミロスラフ・クルティシェフ)と知的で充実した対話を聴かせてくれる。それに、情熱やロマン一辺倒ではなく、ポンセ、エルガー、フォーレ、グルックといった抒情的な作品を効果的に挟み、弾き分けも的確なのが素晴らしい。
そうした中、神尾のこだわりを最も強く感じさせるのが編曲者。収録曲の大半がオリジナルではなく編曲で、その中核になっているのが、ハチャトゥリアン“剣の舞”やリムスキー=コルサコフ“熊蜂は飛ぶ”など、当盤の7曲で編曲者を務めるハイフェッツだ。
「私がヴァイオリンを始めた4歳の時から、ずっと大ファンです。彼を人間離れした名手と考える方が多いかもしれませんが、私は逆にそれがとても人間臭く感じます。極端に速かったり遅かったりする独特のテンポはその好例だと思います。ロシアに生まれ、後半生をアメリカで暮らしたハイフェッツのスタイルは、いい意味で後者的ですね。ハリウッド的な華やかさと親しみやすさが魅力で、ヴァイオリニストにとっては楽しく、弾きやすく、しかも演奏効果が高い。ただ、夫に言わせると、彼の編曲はこのようにヴァイオリンを配慮した結果、ピアノ・パートはかえって難しくなっているそうです(笑)」
他にも名教師アウアーやショスタコーヴィチの盟友ツィガーノフなど、編曲の妙を存分に楽しめる当盤。そのみごとにアレンジされた名曲の花束は、今後もリサイタルのプログラムやアンコールとして、一輪ずつ、大切に弾き込まれていくに違いない。
直近の日本公演は、今秋に行われるフランツ・リスト室内管弦楽団とのツアー。サラサーテ“ホタ・ナヴァラ”&“カルメン幻想曲”や、ピアソラ“ブエノスアイレスの四季”を演奏予定で、その充実した新境地に注目と期待が高まる。
※上記の公演は終了しました。