
デュオは演奏者同士の会話
――デュオ演奏の魅力というと?
「ストレートに、しかも緊密にコミュニケーションが取れるところです。デュオって、たとえばクァルテット、クインテット、ビッグバンドなどのような派手さもありませんし、地味な演奏に思われてしまいがちなんですけど、演奏していると、静かに言葉を交わしながら、心の深くまで入って行けるような感覚になれるんです。私もよく過去のいろいろなデュオ作品や演奏を聴きながら、演奏者同士の会話を聴き取るのが好きでした」
――よく聴いていたデュオアルバムというと?
「最初に思い浮かぶのは、スタン・ゲッツとケニー・バロンの『People Time』。あとは、デイヴ・リーブマンとリッチー・バイラークの『Double Edge』や『Balladscapes』も好きですね。最近の作品だと、ジョシュア・レッドマンとブラッド・メルドーの『Nearness』もすごく気に入ってます。それから、サックスではないですけど、ロイ・ハーグローヴとマルグリュー・ミラーのライブが収められた『In Harmony』もよく聴きます」

リルケやフィッツジェラルドなど文学から得たインスピレーション
――『I Still Don’t Know』は、全9曲中の5曲が江澤さんのオリジナル曲。どれも味わいの異なる美しい曲となっていますが、最初に作曲のルーティンについてお聞かせいただけますか?
「私は割と作曲に時間がかかるタイプですので、ルーティンというほどのものはないのですが……曲を作る時はサックスから始めることが多いかもしれません。よくやるのは、練習室でサックスを吹いている時に浮かんだモチーフや、街を歩いている時にふと思い付いたメロディをボイスメモに録音してから、それをもとにピアノでコードを付けながら進めていく手順。そのパターンが多いと思います」
――楽曲の資料を見ると、“I Still Don’t Know”や“A Beautiful Little Fool”など、文学作品の影響を受けた楽曲もありますが、どのようにして作曲のインスピレーションを得ていらっしゃるのですか?
「それほどの読書家ではありませんが、本を読んで、そこから浮かんでくる情景や雰囲気を音にするということはよくあります。以前に、遠藤周作さんの『沈黙』から思い浮かんだイメージをモチーフにして作曲したこともありますし。
たぶん私は、情景を思い浮かべながら曲を作るというタイプなんだと思います。“Walk with the Night”、“Astronaut”なども、頭の中に思い浮かんできた光景をもとにして書いた曲ですし」
――それでは、各楽曲について伺わせてください。アルバムタイトル曲“I Still Don’t Knowは”、リルケの詩からインスパイされた作品だそうですね。
「もとになっているのは、リルケの『時祷集』という詩集の〈第一部 僧院生活の書〉に書かれている一篇。この詩が大好きなんです。
リルケって、私の印象だと、ものすごく誠実な人であり、自分に厳しい人。自らの人生にじっくりと忍耐を持って向き合っている人だと思うのですが、そんな中にも自分を肯定する目線があって。〈私はまだ知らない 私が鷹なのか 嵐なのか それとも大いなる歌なのかを〉という一節を読んでいると、気持ちがふわっとポジティブな方に変換されていく感覚になれるんです。自分の身体に羽根が生えて、自由になったような感覚……それを私なりの音楽にしたのが“I Still Don’t Know”という曲です」
――“A Beautiful Little Fool”は、F・スコット・フィッツジェラルドが書いた小説「グレート・ギャツビー」の登場人物デイジーの台詞からインスパイアされた曲とのこと。Aメロが3/4拍子のワルツで、Bメロが4/4のバラード。そして再び3/4に戻るという構成になっています。
「デイジーって、泣いたり笑ったりが激しい天真爛漫なキャラクターなんです。そのコロコロ変わる雰囲気を表現したくて思い付いたのが拍子の変化。軽やかに踊ったり、感傷的になったり……そんなデイジーの姿を思い浮かべていただけたら嬉しいです」
――ブライアントさんがクラシカルなタッチのソロを弾いていて、それが小説「グレート・ギャツビー」の世界を彷彿させます。これは江澤さんが指定されたんですか?
「こういうふうに弾いてほしいというような話は特にしていません……というか、デヴィッドにはとにかく何にも言ってなくて。この曲が、『グレード・ギャツビー』と関係しているとも伝えていませんから。だから、本当に思ったまま弾いてくれているだけ。曲の中にある情感を読み取って、あのようなちょっと古典的で懐かしい感じのソロを弾いてくれたんだと思います」