2012年に豆腐屋名義でボカロPとして活動を始め、2013年になぎさへと改名。2017年にはmao sasagawaに改名しシンガーソングライターとしての活動を本格化させ、2019年には笹川真生へ――。紆余曲折を経て現在の活動へと辿り着いた笹川は、しかし自らに課した〈笹川真生らしさ〉に縛られていたという。その制約から解放されるきっかけとなったのが、前作『STRANGE POP』での〈自動書記〉的な制作体験だった。取り繕うことをやめ、衝動のままに作るその姿勢は、最新作『CULTURE DRUG ORCHESTRA』でさらに加速している。取材中、笹川は「どうでもいい」と何度も口にしていた。この言葉に象徴されるがむしゃらな制作は、今作に何をもたらしたのか。笹川に話を訊いた。

笹川真生 『CULTURE DRUG ORCHESTRA』 ALLT(2026)

 

虚飾が剥がれ、自然と出てくるものに近づいた

――まず確認したいのですが、前作『STRANGE POP』は〈笹川真生だったらこうする〉というイメージを取っ払って自動書記のように作った作品であり、結果的にそれまでとは異なるアッパーなサウンドになったとのことでした。今作『CULTURE DRUG ORCHESTRA』を聴かせていただいて、前作から発展したサウンドだと感じたのですが、ご自身ではどう思われますか?

「前作で自動書記のように作った作風が自分の血になった感じがあって。なので、発展と言えばそうなのかもしれません」

――では今作を紐解くためにも、前作について訊かせてください。前作について、ファンに〈ありがとう〉と〈愛してる〉を伝えるために制作したと話されています。なぜその目的にあたって、イメージを取っ払う作り方をしたのでしょうか?

「あえてそういう作り方を選んだというより、取り繕っている余裕がなかったんですね。制作時期に〈デカ鬱〉になってしまい、〈最後にラブレターを書いて死のう〉と思っていて。ラブレターを書くのであれば嘘はつかないように、ということで、あの作り方になりました」

――逆に言えば、それ以前は〈らしさ〉に囚われていたということですね。

「そうですね。ブランディングだとか、打算的なところが作品に表れていたんだなと、前作を作り終えた時に感じました。それまではそういう意識があったわけではなく、無意識にセーブしていた感じです」

――〈らしさ〉を守る余裕すらなく、自動書記のように作った結果、今までとは違う作風になった。

「でも、自分のキャリアを振り返ってみると、元に戻ったと言ってもいいのかな。ボーカロイドを使って作品を作っている(という経歴がある)と、当たりが酷かったんですよ。ライブは出られないし、〈ボカロP出身だからしょうもねえだろ〉という感じで聴かれなかったり。

どうしたら他の人達と一緒に〈音楽〉として聴いてもらえるかと考えると、臭みを消す作業が必要だったんです。リリースカットされたピアノは〈インターネットの人だよね〉と思われるから使わないとか、フォーキーにしたら天才っぽく見えるんじゃないかとか、虚飾の〈笹川真生〉を作っていました。『STRANGE POP』でそれが剥がれて、自分から自然と出てくるものに近づいていったのかなと」

――確かに、例えばボカロ時代の“ジュウロクグラム”(2017年)では、ノイジーなブレイクビーツを取り入れたりしてますね。

「めちゃくちゃやってましたね。笹川真生に改名したタイミングで臭みを消した結果、ネットカルチャーじゃない人とも一緒にライブができるようになったので、なんとも言えないところですが(笑)」

 

〈考えすぎない〉作り方

――〈笹川真生だったらこうする〉を取っ払った結果、発見したことはありましたか?

「ものづくりってことを考えなくていいんだなというか、考えすぎていたんだなというのが発見だったかもしれません」

――前作ではご自身の演奏を多く取り入れて、その演奏や歌もあまり録り直さなかったそうですが、それも〈考えすぎない〉作り方の一環だった?

「そうですね。思い切りとも言えるし、諦めとも言えるし……。それ以前は、一行の歌を何本も録り直したり、波形を編集して(DAW上の複数トラックの)縦が合うようにしたりしていたんです。でもそれは、そうした方がよくなるからやっていたというより、形式張ったものとして、そうするべきだと思い込んでいた気がして。直っていればいい、綺麗だからいいと無意識に思っていました」

――『STRANGE POP』の制作を通して〈そんなことしなくてもいいかも〉と思ったと。

「少なくとも、今のモードでは必要のないことだと思いましたね」