昨年、初のソロアルバム『メタモルフォーゼ』を発表し、今年に入ってからは大友良英とのデュオ即興作『ラムネと発電所』も世に送り出したジャズトランペッターの類家心平。このたび新たなメンバーを擁したカルテットによるニューアルバム『セルレア』を、ソロ作と同様、日本のジャズの〈今〉を発信し続けるレーベルDays of Delightから2026年6月11日(木)にリリースする。
類家によるカルテットのアルバムといえば、2006年に結成した4ピースバンドでファーストリーダー作『Distorted Grace』(2009年)と菊地成孔プロデュースのセカンド『Sector b』(2011年)をリリース。その後、ピアノがハクエイ・キムから中嶋錠二に替わり、ギタリストの田中“TAK”拓也を加えて拡大した5人編成のアグレッシブなエレクトリックジャズバンドRS5pb(Ruike Shinpei 5 piece band)を活動の主軸に置いてきたが、2018年にはRS5pbから派生したカルテットで『Lady’s Blues』をライブレコーディングしていた。だが全曲をオリジナルで占めた完全アコースティックカルテットによるアルバムは『セルレア』が初である。
メンバーはピアノが盟友・中嶋錠二。類家と中嶋はデュオとしても共演を重ねており、これまで『N.40°』(2014年)、『Duo』(2022年)の2枚のアルバムを発表。ベースは映画「敵」(2025年)のサウンドトラックが反響を呼んだことも記憶に新しい千葉広樹。千葉はフリーインプロビゼーションや実験音楽からアンビエントミュージックまで多彩なフィールドでも活躍、近年は類家とkaYakと名づけたエレクトロニックジャズのデュオユニットも組んでライブを行っている。そしてドラムは2018年に『For 2 Akis』で日本人2人目となるECMリーダー作のデビューを果たし、その後自身のレーベルnagaluを設立、現在は日本へ拠点を移しアジア圏を視野に入れて活動を展開する福盛進也だ。
誰もが楽器の扱いに熟達し、さらには音響の空間性を含めて捉える鋭敏な感覚を持ち合わせた、まさに強者揃いのカルテットである。どのような経緯で結成に至ったのか、なぜあらためてアコースティックジャズに取り組むことにしたのか、その背景にあるものとは何か、新作『セルレア』の制作プロセスについて、理想とする〈音色〉とは――類家心平に話を訊いた。

アコースティック演奏の可能性はどこまでも残っている
――今回、新たなカルテットを結成してアルバムをリリースされました。なぜ新しいメンバーで活動を始めたのでしょうか? もともとRS5pbから派生したアコースティックカルテットもありましたよね。
「RS5pbからギターの田中“TAK”拓也を除いたメンバーでライブを演っていたのは、当時南青山にあったBODY&SOULから出演のオファーをいただいたことがきっかけです。ジャズの箱だからエレクトリックは難しいなと思って、それで中嶋錠二(ピアノ)、鉄井孝司(ベース)、吉岡大輔(ドラム)と僕のカルテットで出演することにしました。主にジャズスタンダードを演ってましたね。2018年にBODY&SOULでレコーディングして、翌年『Lady’s Blues』というライブ盤を出しています。
その流れで2021年にBODY&SOULが渋谷に移転してからもカルテットを続けていたんですけど、やっぱりRS5pbとメンバーがほぼ同じなので、別のものを演りたいと思うようになった。最初のうちはいろんな人を誘ってライブしてましたが、続ける中で中嶋錠二、千葉広樹(ベース)、福盛進也(ドラム)という今回のメンバーに落ち着きました」
――BODY&SOULが新しいアコースティックカルテット結成のきっかけになったと。
「そうです。2年ぐらい前からこのカルテットで定期的にライブを続けています。RS5pbに限らず、僕自身の活動の中でエレクトリックな表現が多くなっていたこともありました。インプロビゼーションのライブでもエフェクターを使う場面が増えていて、それに対する反動じゃないですけど、アコースティックで表現することへの興味がだんだん膨らんでいった。だからそういうバンドが一つあったらいいなと思っていました。
アコースティックな表現はどの時代も変わらないという意味では普遍的だし、みんな生の楽器を操るミュージシャンだから、その可能性はどこまでいっても残ってる。最近はよりそういうふうに感じています。フリーインプロビゼーションのライブを演っても、楽器一つでどこまでできるのか、ということへのチャレンジが面白い。そういう要素もアコースティックのカルテットでは入れていけたらなと思っています」
――BODY&SOULは残念ながら今年9月末で閉店しますよね。50年以上の歴史を持つ老舗ですが、どんな思い出がありますか?
「初めて出演したのはurbのメンバーとしてでした。僕が上京して最初の頃に参加していたジャムバンドです。2004年にソニーミュージックからメジャーデビューしたんですが、その頃、TOKUさんとか小沼ようすけさんとか、ソニーミュージック関係のジャズミュージシャンたちがBODY&SOULに出演する流れがあって、それで僕らもライブすることになりました。urbはいわゆるストリート系のバンドだったから、ジャズみたいにスーツをビシッと決めるファッションじゃなかったんですよ。それでニットキャップを被って行ったら、オーナーの関京子さんに〈そんな格好しちゃダメよ〉ってすごい怒られた(笑)。まあ、いろんな思い出がありますね。それこそミュージシャンになる前から観に行ってましたし。トランペットの原朋直さんとか五十嵐一生さんがよく出ていて。歴史がある場所なので、なくなってしまうのは寂しいです」