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Photo by Maria Bacelar

2人の音が描く美しい海の景色

『Maracanós』は、冒頭の“Pé No Chão”から最後の“Pau Rolou”に至るまで、ヒカルドの作品らしく海を思わせるアルバムだと感じる。晴れ渡った空、その下に広がる地平線と広大な海、穏やかに揺れる波、航跡波を残しながら進んでいく船、その上を自由に飛び回る鳥たち――本作を聴いていると、そんな美しい光景がありありと浮かんでくる。

エルメートの作品を想起させる“Voo Da Tarde”(フルートと歌が見事なユニゾンを聴かせる)や表題曲では、ブラジル音楽らしいリズムとメロディの起伏が複雑に展開されているが、まったくもって流麗さを失っていない。風や水が自然と流れゆくように、あるいは魚が海中を優雅に泳ぐように、リズムもメロディも常に滑らかに推進していく。何もかもがスポンテイニアスに感じられるのだ。

“Pé No Chão”“Maracanós”の2曲では、リドゥイーノ・ピトンベイラが編曲を担当し、リオデジャネイロのカリメラ弦楽四重奏団が参加しているのがポイントだ。ブラジルのクラシックの伝統や、どこかアルゼンチンタンゴを思わせもするストリングスがアイアートのパーカッションやヒカルドのピアノと絡まり合う様は実に新鮮で、スリリングでもある。

ヒカルドがいきいきと歌う、彼のソロ作に近い“Mestre Novo Da Guiné”は軽快なフュージョンポップ。“Bumbo Meu Boi”と“Submersivos”もアルバムのなかでとりわけフュージョン色が強く、前者ではアイアートのドラムとネリオ・コスタのウッドベースがジャズのビートを刻みつつ、ヒカルドがシンセサイザーなどの電子音を足していることでジャンル分けしがたい未来的な質感に仕上がっている。後者でのヒカルドのシンセ使いは、非常にアンビエント的で没入感は十分。

アルバムのラストから2番目に置かれた“3 Minutos De Paz”は、なかでも印象に残る曲だ。というのも、この曲はアイアートとヒカルドの2人だけで演奏されているから。どこまでが作曲されているのかはわからないが、全編かなり即興的に聞こえる。アイアートが自由にハミングをしながら様々なパーカッションを鳴らし、ヒカルドがピアノを奏で、空間性を増幅させる電子音を重ねていく。そんな“3 Minutos De Paz”は、まさしく海や波の音楽化にほかならない。自然の息吹や流れを感じ取って、それを音ととして鳴らすアイアート&ヒカルドは、まるで風景画家や映像作家のよう。

最後の“Pau Rolou”は、アイアートの歌とビリンバウがとりわけ際立っている曲だ。ブラジル土着のリズムと、ステニオ・ゴンサルヴェスが弾くスライドリゾネーターギターや12弦アコースティックギターがもたらすブルースの響きが溶け合っていることで、土のにおいが香ってくるほどのプリミティブさが曲に宿っている。

 

創造の自由と実験精神がもたらした没入感

本作の音楽性について〈ブラジリアンフュージョンに寄った〉と書いたものの、アイアート&ヒカルドのアルバムはこれだけの広い幅を持っている。そのバリエーションもやはり、2人の音による会話が自然と生み出したものだろう。

プレスリリースには、アイアートの原動力は〈創造の自由〉だと書かれている。そしてヒカルドが「アイアートとフローラの音楽に深く根ざしている〈自由〉と〈実験精神〉、そして彼ら2人の歴史そのものに光を当てたいと考えました。(中略)今日の音楽業界で一般的な商業モデルとは一線を画す、独創性と没入感の強い個性を持ったアルバムになりました」とコメントしているように、『Maracanós』の自由さと実験性はアイアートの力がもたらしたものだろう。しかしひとりよがりなアバンギャルドさはここには皆無で、ひたすらにナチュラルであるのがほかにない魅力である。

ブラジル音楽に造詣が深い中原仁のコメントによると、「アイアートもフローラも、ジャズ、フュージョン、グローバル・ミュージックなど多彩な分野で国際的な名声を確立したが、海外生活が長かったこともあり、母国ブラジルでは、十分な評価を得ているとは言えない。このアルバムを通じてあらためて、彼らの独創的な音楽性をブラジルの人々に伝えたい、そんな、ヒカルドの真心も感じられるアルバムだ」とのこと。アイアートが国際的に知られながらも、本国での評価が十分ではないというのは意外だ。その意味で本作は、ブラジルにおいても重要な意味を持つのではないだろうか。そういった人と人との繋がりを意識し、ブラジル音楽の豊饒さを伝えるアンバサダーであることを含めて、とてもヒカルドらしい仕事だと感じる意義深いアルバムである。

 


RELEASE INFORMATION

AIRTO MOREIRA, RICARDO BACELAR 『Maracanós』 Jasmin Music(2026)

リリース日:2026年4月24日(金)
品番:JM008
価格:2,420円(税込)
配信リンク:https://ffm.to/marcanos

TRACKLIST
1. Pé No Chão(ペ・ノ・シャン)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:パーカッション
ヒカルド・バセラール:アコースティックピアノ、キーボード、パーカッション、ボーカル
オト・ジュニオール:パーカッション
ネリオ・コスタ:ウッドベース
パンティコ・ロシャ:ドラムス
マルシオ・レゼンデ:フルート
ルイーザ・デ・カストロ:ヴァイオリンI
トマス・ソアレス:ヴァイオリンII
ダニエル・アルブケルケ:ヴィオラ
ダニエル・シルヴァ:チェロ
リドゥイーノ・ピトンベイラ:弦楽編曲(カリメラ弦楽四重奏団)

2. Mestre Novo Da Guiné(メストレ・ノーヴォ・ダ・ギネー)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール/ルイス・リマ・ヴェルデ)
アイアート・モレイラ:パーカッション
ヒカルド・バセラール:ヴォイス、アコースティックピアノ、フェンダーローズ、ハモンドオルガン、パーカッション、キーボード、エレキギター、サンプル、モジュラー・シンセサイザー
オト・ジュニオール:パーカッション
ネリオ・コスタ:エレキベース
パンティコ・ロシャ:ドラムス
マルシオ・レゼンデ:テナーサックス、ソプラノサックス
ステニオ・ゴンサルヴェス:エレキギター
マリア・バセラール:ボーカル
サラ・バセラール:コーラス編曲、ボーカル
エリエル・フェレイラ:ボーカル

3. Bumbo Meu Boi(ブンボ・メウ・ボイ)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:ドラムス
ヒカルド・バセラール:アコースティックピアノ、キーボード
ネリオ・コスタ:ウッドベース
マルシオ・レゼンデ:アルトサックス、テナーサックス、フルート
ステニオ・ゴンサルヴェス:エレキギター
アレックス・レイス:ハンドクラップ(拍手)

4. Voo Da Tarde(ヴォー・ダ・タルジ)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:パーカッション
ヒカルド・バセラール:アコースティックピアノ、キーボード、モジュラーシンセサイザー、パーカッション、エレキギター、サンプル、ボーカル
フローラ・プリム:ボーカル
オト・ジュニオール:パーカッション
ネリオ・コスタ:ウッドベース
マルシオ・レゼンデ:アルトサックス、フルート

5. Maracanós(マラカノス)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:パーカッション
ヒカルド・バセラール:アコースティックピアノ、キーボード、ボーカル
オト・ジュニオール:パーカッション
ネリオ・コスタ:ウッドベース
パンティコ・ロシャ:ドラムス
マルシオ・レゼンデ:フルート
ルイーザ・デ・カストロ:ヴァイオリンI
トマス・ソアレス:ヴァイオリンII
ダニエル・アルブケルケ:ヴィオラ
ダニエル・シルヴァ:チェロ
リドゥイーノ・ピトンベイラ:弦楽編曲(カリメラ弦楽四重奏団)

6. Submersivos(スブメルシーヴォス)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:パーカッション
ヒカルド・バセラール:アコースティックピアノ、キーボード、サンプル、モジュラー・シンセサイザー、パーカッション、ホイッスル、オカリナ
ネリオ・コスタ:ウッドベース
パンティコ・ロシャ:ドラムス
マルシオ・レゼンデ:フルート
ステニオ・ゴンサルヴェス:アコースティックギター、12弦アコースティックギター

7. 3 Minutos De Paz(トレス・ミヌートス・デ・パス)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:ヴォイス、パーカッション
ヒカルド・バセラール:アコースティックピアノ、キーボード、サンプル、モジュラー・シンセサイザー

8. Pau Rolou(パウ・ロロウ)(作曲:アイアート・モレイラ/ヒカルド・バセラール)
アイアート・モレイラ:ヴォイス、パーカッション、ビリンバウ
ヒカルド・バセラール:ヴォイス、パーカッション、ダルシマー、ピーファノ(横笛)、ハンドドラム
オト・ジュニオール:パーカッション
ステニオ・ゴンサルヴェス:スライドリゾネーターギター、12弦アコースティックギター

レコーディング:アレックス・レイス、メルク・ディアス(2024年11月、ブラジル・セアラ州フォルタレザ、ジャスミン・スタジオ)
レコーディング・アシスタント:エリエル・フェレイラ
追加レコーディング:“Voo Da Tarde”のフローラ・プリムのボーカル、およびカリメラ弦楽四重奏団の演奏/リカルド・ディアス(2025年、リオデジャネイロ、ヴィゾム・スタジオ)
ミキシング:ルイス・オルサーノ、アレックス・レイス、ヒカルド・バセラール(ジャスミン・スタジオ)
マスタリング:カルロス・フレイタス
写真:マリア・バセラール
オリジナル絵画:フェルナンド・フランサ
ジャケット&グラフィックデザイン:MZK
プロデュース:ヒカルド・バセラール

■謝辞
マノエラ、マリア&サラ・バセラール、フローラ・プリム、ルシアーナ・バルビーノ、オト・ジュニオール、ジョム・トブ・アズライ、カルロス・デ・アンドラーデに感謝申し上げます。

 


PROFILE: AIRTO MOREIRA
〈現代パーカッションの父〉と称されるアイアート・モレイラにとって、本作の制作プロセスは極めて刺激的なものとなりました。「すべてに満足しています。スタジオは素晴らしく、最高品質のレコーディングに必要なすべてが揃っています。演奏していない時に数秒程度歌うことはあるのですが、今回は自分の声を多用できました。私にとってこのアルバムは、寝そべって作品を作りながら同時に休息もできる心地よいベッドのような存在でした」。アイアートは今月、米ジャズ界における最高栄誉であるNEAジャズ・マスターズ・フェローシップを受賞します。これはジャズの発展に顕著な貢献をしたアーティストに贈られる称号であり、アイアートをジャズ史上最も重要な音楽家の一人に位置付けるものです。アイアート・モレイラの原動力となっているのは〈創造の自由〉です。1960年代に渡米して以来、アイアートはマイルス・デイヴィス、ウェイン・ショーター、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネット、チック・コリア、ジョン・マクラフリン、キース・ジャレット、サンタナ、ジョー・ザヴィヌル、ジャコ・パストリアス、アル・ディ・メオラ、スタン・ゲッツ、ジョージ・ベンソンといった、枚挙にいとまがないほどのジャズ界の伝説的アーティストたちと共演を重ねてきました。アイアートは自らの歩みを振り返って、「これら巨星たちとの共演は、私が常に創造性に対してオープンであった証です。作品を生み出すには、誰の邪魔もせず、また自分自身も混乱することなく、自らの音楽的本能を信じる必要があります。私は子供の頃からずっと自分の本能を信じてやってきました」と語っています。

PROFILE: FLORA PURIM
1974年から1977年まで4年連続で全米批評家が選ぶ〈ベストジャズシンガー〉に輝いたフローラ・プリムは、1960年代後半から公私ともにアイアート・モレイラのパートナーであり、本作の収録曲“Voo Da Tarde”にもボーカルに特別参加しています。

PROFILE: RICARDO BACELAR
ピアニスト、作曲家、プロデューサー。ジャスミン・ミュージック(Jasmin Music)レーベルを設立し、現在ブラジルで最も重要なレコーディングスタジオのオーナーでもある。商業的に大きな成功を収めたリオのグループ〈ハノイ・ハノイ〉のメンバーとして長年にわたり活動。ソロアーティストとしてはベルキオールやイヴァン・リンス、ジルベルト・ジル、ファグネル、ロベルト・メネスカル、フラヴィオ・ヴェントゥリーニ、エドナルド、アメリーニャら、ブラジル音楽界の重鎮たちと共演を重ねてきた。全米のジャズラジオチャートで、これまで2度上位にランクインしており、ヨーロッパや日本でも公演を行っている。2024年には、東京のBLUE NOTE PLACEを含め日本国内8か所でライブを開催した。