(左から)ホベルト・メネスカル、ヂオゴ・モンゾ、ヒカルド・バセラール

ホベルト・メネスカル、ヂオゴ・モンゾ、ヒカルド・バセラールというブラジル音楽界が誇るミュージシャン3人によるカバーアルバム『Nós E O Mar』がリリースされた。ホベルト・メネスカルの85歳の誕生日を記念した本作。モンゾの鍵盤とバセラールが操る多彩な楽器が、ボサノバの伝説的巨匠メネスカルの独自のギターの音を彩っている。今夏聴きたいこの傑作ボサノバ盤を、音楽評論家の佐藤英輔に紹介してもらった。 *Mikiki編集部

ROBERTO MENESCAL, DIOGO MONZO, RICARDO BACELAR 『Nós E O Mar』 Jasmin Music(2023)

 

ボサノバ初期から活躍する名ギタリストと後輩2人連名作

ブラジルのセアラ州フォルタレーザに現代的なスタジオを持ち、視点あるプロダクツを自らのレーベルであるジャスミン・レコードからりリースしているヒカルド・バセラールが、また得難い含蓄と一般的な親しみやすさやを併せ持つアルバムを送り出した。

その作品は、『Nós E O Mar』。なんとボサノバ伸長期から活躍する名ギタリスト/作編曲家/プロデューサーである1937年生まれのホベルト・メネスカル、リオ出身でタンバ・トリオのルイス・エサを信奉する1985年生まれのキーボード奏者/作編曲家であるヂオゴ・モンゾ、そしてマルチプレイヤーにしてプロダクション能力に長けた1967年生まれのバセラール、同作はその3者連名の作品となる。

 

伝説的才人の珠玉の楽曲を豊穣なアルバムに

メネスカルはボサノバの存在を米国に知らしめた1962年、NYのカーネギー・ホールでの公演にジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンらと出演しており、かつてはエリス・レジーナやジルベルト・ジルら巨人のアルバムを制作しているまさにレジェンダリーな才人だ。

そんなメネスカルの85歳の誕生日を祝う作品を作ろうと、3人はジャスミン・スタジオに集結。そして、和気藹々とした雰囲気のなか彼らはアイデアをいろいろ出し合い、メネスカルの珠玉の楽曲群を素材に置くアルバムを完成させた。痒いところに手が届くようなアコースティックギターを弾く御大、多彩なピアノ/キーボード演奏を繰り出すモンゾとバセラールの重なりはまこと豊穣で余裕たっぷり。さらに、ダブルベースのネリオ・コスタとドラマーのパンティコ・ホシャがそこに加わり無理なく芯を与える。

 

僕が初めて歌ったのは1962年のカーネギー・ホール

当初はインストゥメンタルアルバムを作る手はずであったというが、臨機応変な協調作業はサプライズを呼ぶこととなった。ここで、メネスカルは2曲で訥々とリードボーカルを披露している! 「僕は(歌ってみないかと提案してきた)ヒカルドに、本気かい?って聞いたよ。でも、いい雰囲気だったから、結局“O Barquinho”と“Ah! Se Eu Pudesse”に僕のヴォーカルを入れたんだ」とは、プレスリリースに載せられたメネスカルの言葉だ。

『Nós E O Mar』収録曲“O Barquinho”

また、「僕が人生で初めて、そして唯一“O Barquinho”を歌ったのは、1962年ニューヨークのカーネギー・ホールでのことだった。そのとき、プロデューサーに説得されて”O Barquinho”を歌ったんだ。僕の歌手人生はカーネギー・ホールで始まり、そこで幕を閉じたのさ」、という発言がそれに続く。60年ぶりとなる、ここでの彼の訥々とした歌唱は滋味に満ちる。なんとうれしい、〈キャリアの回収〉であることか。

1963年のライブアルバム『Bossa Nova At Carnegie Hall』収録曲ホベルト・メネスカル“Barquinho”

 

年代も経歴も異なる3人の一体感、聴く者を心地よく包む音

ときにメネスカルは2012年7月に来日公演を行っている――その際、彼は米国ウェストコーストジャズ派のような演奏を聴かせた――が、そこにフィーチャリングシンガーとして同行した縁の女性シンガーであるレイラ・ピニェイロも今作で1曲歌っている。

ポルトガル語のアルバム表題は、日本語だと『私たちと海』。海を背景に並んだ3人のくつろいだ姿は、このアルバムに流れる風情を無理なく可視化する。それぞれの年代や経歴は異なる。しかし、私たちの拠り所となるもの、気持ちよく感じる部分、新たに見据えるところはくっきり見えており、それらは十全に共有できる……。そんな肯定的な一体感が心地よい誘いとなり、聴く者を包んでくれる。

 


RELEASE INFORMATION

ROBERTO MENESCAL, DIOGO MONZO, RICARDO BACELAR 『Nós E O Mar』 Jasmin Music(2023)

リリース日:2023年7月14日

TRACKLIST
1. O Barquinho(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(オ・バルキーニョ=小舟)
※ボーカル:ホベルト・メネスカル

2. Rio(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(ヒオ=リオ)

3. Você(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(ヴォセ=あなた)

4. Bye Bye Brasil(ホベルト・メネスカル/シコ・ブアルキ)
(=バイバイ・ブラジル)
※特別ゲスト参加・ボーカル:レイラ・ピニェイロ

5. Nós E O Mar(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(ノス・イ・オ・マール=二人と海)

6. Vagamente(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(ヴァガメンチ=ぼんやりと)

7. Ah! Se Eu Pudesse(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(アー!シ・エウ・プデッセ=ああ、私にできることなら)
※ボーカル:ホベルト・メネスカル

8. A Morte De Um Deus Sal(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(ア・モルチ・ヂ・ウン・デウス・ヂ・サル=ある塩の神の死)

9. Copacabana De Sempre(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)(コパカバーナ・ヂ・センプレ=永遠のコパカバーナ)

10. A Volta(ホベルト・メネスカル/ホナウド・ボスコリ)
(ア・ヴォルタ=帰り道)

■参加ミュージシャン
ホベルト・メネスカル:ギター/編曲/ボーカル
ヂオゴ・モンゾ:ピアノ/キーボード/編曲
ヒカルド・バセラール:ピアノ/キーボード/パーカッション/編曲
ネリオ・コスタ:ベース
パンティコ・ホシャ:ドラムス

録音:ジャスミン・スタジオ/Melk
ミックス:ジャスミン・スタジオ/ルイス・オルサノ
マスタリング:カルロス・フレイタス
プロデューサー:ヒカルド・バセラール/フェルナンダ・キンデレ
写真:レオ・ドゥアルテ