デリア・フィッシャーとヒカルド・バセラールがブラジル音楽界の至宝ジルベルト・ジルの楽曲をカバーしたトリビュートアルバム『Andar Com Gil』が、配信でリリースされた。精神や心についてのジルの曲を選り抜いて演奏し、ピアノと2人の歌に焦点を当てたアコースティックアルバムである本作。なんと、御年80歳のジルベルト・ジル本人も特別参加している。ライブ録音を軸に親密な作品に仕上がった『Andar Com Gil』について、音楽評論家の佐藤英輔に解説してもらった。 *Mikiki編集部
女声と男声、楽器のマリアージュが贅沢かつ甘美なデュオ作
しなやかにして確かな芯を持つ女性の歌声&ピアノの調べと、柔和な温もりを携えた男性の歌とオルガンをはじめとする適材適所の挿入楽器音のマリアージュ……。絶妙、その組み合わせは生理的になんと贅沢かつ甘美であることか。
コロナ禍であることを逆手に取り、自宅スタジオでキーボードをはじめ様々な楽器演奏を自在に重ね、イヴァン・リンス、シコ・ブアルキ、カエターノ・ヴェローゾらの楽曲を慈しみとともに取り上げた『Congênito』(2022年)を出したヒカルド・バセラール(67年、セアラ州生まれ)のやはり自己レーベルであるジャスミン・ミュージックからの新作『Andar Com Gil』は、まさしく才媛と評するにふさわしいシンガー/ピアニストであるデリア・フィッシャー(64年、リオ生まれ)とのデュオ作だ。
異才ジスモンチ認められた音楽家デリア・フィッシャー
ジャズやクラシックの素養を持ちつつ自らのコンテンポラリー表現を作り上げるフィッシャーのキャリアについて特筆すべきことは、ブラジルの天衣無縫な創造性をこれでもかと知らしめる異才ピアニスト/ギタリストであるエグベルト・ジスモンチに認められたことだろう。
彼女はジスモンチが独ECMとともに作った自己レーベル〈カルモ〉から清新ジャズ作『Antonio』を99年にリリース。フィッシャーは歌うことにも力を入れたかったために同レーベルとの付き合いはそれだけになったが、彼女は2011年にはその名も『Saudações Egberto』(ロブ・デジタル)というジスモンチ曲集もリリース。そこには、一部ジスモンチ当人も参加していた。
そんな彼女の近作『Hoje』(ラビダッド・ミュージック)は、ビョークの曲なども取り上げたピアノ弾き語り作だ。
音楽大国ブラジルの才人の素敵さ、途方もないアダルトな滋味を伝える
過去、フィッシャーとバセラールは共同作業をしたこともあったそうだが、全面的にやりとりをするのは今回が初めてとなる。そして、よりよい重なりを成就させるためのアイデアとして浮かび上がったのが、ジルベルト・ジルの楽曲を真っ向から取り上げるというものだった。そして、2人はジル曲の繊細で詩的な面に着目し、精神性の高い楽曲を選んだという。
カエターノ・ヴェローゾと横並びで世に出たブラジル音楽界の逸材の楽曲群が、2人の忌憚のないやり取りをへて、今の環境に、アコースティックな感覚のもと解き放たれる。フィッシャーのピアノ弾き語りを基調にマルチプレイヤーであるバセラールによる痒いところに手が届くような装飾音(シタール音が加えられ、インドテイストが入る場合もある)を加え、また品格あるデュエットの見本のように両者の歌は重なる。その総体はジルベルト・ジルの楽曲の良さを明確に伝えるとともに、ブラジルという音楽大国に生きる才人たちの素敵さ、その途方もないアダルトな滋味を伝えるだろう。
それから。なんと、現在80歳のジルベルト・ジル本人がボーカルで加わった曲がある! その“Prece”には、チェロ大家のジャキス・モレレンバウムも音を加えている。
RELEASE INFORMATION
リリース日:2023年1月27日
配信リンク:https://ffm.to/jasmin_andarcomgil
TRACKLIST
1. Oriente (Gilberto Gil)
(=オリエント)
・デリア・フィッシャー:ピアノ/ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ヴォーカル/シタール/サロード/サランギ/ハルモニウム/ショカーリョ/ダラブッカ/ラトル/フルート類/モリンガ
2. Se eu quiser falar com Deus (Gilberto Gil)
(=もし僕が神様と話したいなら)
・デリア・フィッシャー:ピアノ/キーボード/ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ハモンドオルガン
3. Andar com fé (Gilberto Gil)
(=信じて歩む)
・デリア・フィッシャー:ボーカル/ハンドクラップ/コーラス
・ヒカルド・バセラール:ピアノ/ボーカル/ハンドクラップ/コーラス
・マヌエラとサラ:ハンドクラップ/コーラス
4. Cada tempo em seu lugar (Gilberto Gil)
(=その時々その場所で)
・デリア・フィッシャー:ピアノ
・ヒカルド・バセラール:ヴォーカル、キーボード
5. São João Xangô Menino (Gilberto Gil / Caetano Veloso)
(=サン・ジョアン・シャンゴ少年)
・デリア・フィッシャー:ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ピアノ/ボーカル/ザブンバ/コンガ/ショカーリョ/ダルシマー
6. Prece (Gilberto Gil)
(=祈り)
※特別参加:ジルベルト・ジル(ボーカル)/ジャキス・モレレンバウム(チェロ)
・ジルベルト・ジル:ボーカル
・ジャキス・モレレンバウム:チェロ
・デリア・フィッシャー:ピアノ/ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ヴォーカル
7. Palco (Gilberto Gil)
(=ステージ)
・デリア・フィッシャー:ピアノ/ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ヴォーカル/パーカッション/ベース/ドラムス
8. Aqui e agora (Gilberto Gil)
(=今ここで)
・デリア・フィッシャー:ピアノ/ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ヴォーカル
9. A Paz (João Donato e Gilberto Gil)
(=平和)
・デリア・フィッシャー:ピアノ、ピアノ弦のピチカート/ボーカル
・ヒカルド・バセラール:ピアノ弦のピチカート/ボーカル
制作・編曲:デリア・フィッシャー/ヒカルド・バセラール
録音:Dolby Atmos
スタジオ:Jasmim Studio(セアラ州フォルタレーザ市)
作詞・作曲:“A Paz”(ジルベルト・ジルが作詞、ジョアン・ドナートが作曲)を除き、全曲ジルベルト・ジルが作詞・作曲