Photo by Hibiki Tokiwa

ニューヨークに拠点を置きインターナショナルな活動を維持しているジャズピアニストの山中千尋が、新作『Carry On』を発表した。年に1枚は必ずリーダーアルバムを出している彼女の最新作は、生誕100周年となるバド・パウエル(1924年9月27日〜1966年7月31日)とヘンリー・マンシーニ(1924年4月16日〜1994年6月14日)の曲を取り上げるとともに、自身のオリジナル曲も3つ収めている。また、さらにはうれしい大御所日本人ミュージシャンのカバー曲もあり。

〈Carry On〉という前向きな表題を掲げた、ピアノトリオによる新作に彼女はどういう思いや意欲を込めたのか。実は通算26作目となる新作は〈25〉という節目を跨いで、彼女の創作活動の新たなページをめくらんとしたものでもある。そして、そこには〈一聴〉しただけでは見えにくい、彼女ならではの米国の音楽に対する慧眼が横たわっている。

山中千尋 『Carry On』 Blue Note/ユニバーサル(2024)

 

バド・パウエルはジャズのスウィング、ノリを教えてくれた

――新作ではバド・パウエル、そしてヘンリー・マンシーニの曲を柱として取り上げています。

「バド・パウエルは、私がジャズを本気で演奏したいと思ってから最初に影響を受けた存在なんです。ジャズを始めた頃はミシェル・ペトルチアーニやジェリ・アレンたちの時代でしたので、まずはそういうものを聴いていました。

そんなおり、ビバップを演奏する先生に何回かついた際に、バド・パウエルをたくさん耳コピし、同じに弾けるようになろうとしたんです。なので、ジャズのスウィング、ノリというものを教えてくれたのがバド・パウエルでした。特に、(彼のキャリア初期の)『The Amazing Bud Powell』(ブルーノート。その『Vol. 1』は1949年と1951年の録音)のあたりです」

――初期って、めちゃくちゃ右手が速いときがあるじゃないですか。

「そうなんです。あれはクラシックの感覚で弾くとそれっぽくはなるのですが、ビバップの先生が弾いたノリというのは違うのです。晩年にかけて、確かにテクニック的には衰えるのですが、逆にそうなると彼が抱えていた本質、歌心というのがすごくあらわになりました。

バークリーに入る際に彼の演奏を耳コピしたものを弾いたら〈君はいいね〉と評価されてしまいました。アドリブも全部コピーでなんのアドリブもできないのに、トランペットのアヴィシャイ・コーエンとかミゲル・ゼノンとかがいるクラスに入れられてしまい、辛い思いをしました(笑)。とはいえ、やっぱりバド・パウエルって私のスウィングの一つの指標になった存在なんです」

――では、ビバップ時代の担い手においては一番親しんでいるピアニストですか。

「セロニアス・モンクやバド・パウエルが好きです。異質というか、彼らにしかできない独特なものがありますね」

――彼の曲は当然知りつくしているでしょうし、選曲はすぐ決まったのでしょうか。彼の有名曲“クレオパトラの夢(Cleopatra’s Dream)”は選んでないですよね。

「すでに、アルバム(『アウト・サイド・バイ・ザ・スウィング』)に入れているので今回は収録しませんでした。

実は、“クレオパトラの夢”や“Tempus Fugit”ってコード進行がとても似ています。I-Vのようなスタティックなコード進行に分類されます。バド・パウエルの曲のなかで、“Oblivion”や“Hallucinations”はすごく変化が出しやすいので、今回選びました。また、“Tempus Fugit”もすごく弾きたいと思いました」

――実際にレコーディングしてみて、いかがでしたか?

「バド・パウエルには、音楽性の豊かさや深さが本当にありますね。ただのビバップリックじゃない、そこから滲み出るような、何かはみ出す奔放さがあるのを改めて感じます。だから、この人は複雑なコードチェンジがいらない人なんだとも思いました。そんなふうにビバップのなかでもかなり異質な音楽性を持ったピアニストだと、再確認したのです。

そういえば先日、秋吉敏子さんの演奏を聴く機会がありました。秋吉さんは見事にバド・パウエルの演奏を消化して自分のスタイルを作っていらっしゃってて、すごく感動しました。もし機会が持てて、許していただけたなら秋吉さんをトリビュートするアルバムを作りたいなとも思います。やっぱり日本のジャズの一つのルーツとして、バド・パウエルはすごく重要な存在ですね」