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出し物なんです

 そんな天々高々の個性を象徴するような曲が、アフロいわく「手癖が出ました。〈しまった〉って思った」という“なんども”だ。アフロのラップは言葉数も多く、まさにリスナーが慣れ親しんだ彼の〈スタイル〉を感じさせるが、ヒグチによるシンプルなピアノ・リフとヴォーカルが、まったく違う景色を浮かび上がらせる。DVに酒にギャンブル、クスリ……とてもシリアスなテーマを扱った歌詞にもかかわらず、どこか軽やかな風が吹いているように聴こえてくる理由を、ヒグチは「ラップを録るとき、〈熱入れないで、大きい声を出しすぎないで〉とお願いしたんです。この内容を主観で言われても辛いだけだから、そういう物語があったんだよぐらいの感じでって」と説明する。

 “びゅてぃほう”もこの2人ならではの曲だろう。ピアノの上で、東京で暮らす市井の人々の生活に〈すげぇなぁ……〉と優しく強い眼差しを向けるアフロの言葉。これも、このユニットでなかったら違う温度を帯びたものになっていたかもしれない。「俺が歌うと怒りも含まれちゃうような気がするけど、アイちゃんのメロディーにはそういう要素がない。〈みんなよくやってるよね〉っていう感じを表現できる」とアフロ。その言葉に、ヒグチはこう返す。「どっちかっていうと私は俯瞰側の声で、あなたはとても主観側の声をしてるから。そういう自分の声でよかったなって、いま初めて思えた」。主観に潜りすぎることなく俯瞰した視点で、ある意味、無責任に言葉とメロディーを紡ぐ。それは彼らにとって初の試みで、だからこそ、このアルバムはこんなにも楽しげなムードが伝わるものになったのだ。

 その〈楽しげなムード〉をアフロは〈きげんのよさ〉という言葉にしてくれた。「相手を威圧するんじゃなくて、きげんよく、きげんのいい角度で人生を歌ってみようよ、って。脳みそは一緒でも〈きげん〉は変わるから、それによって決断も変わってくる。それぐらいのものでいい」とアフロは付け加える。

 言うまでもなく〈きげんよく〉いようと思ったのはそういられない時期を過ごしてきたからだ。「お互いに暗闇を覗きすぎたっていうか。ちょっとこれはやばい、日の光の下にもう帰ろうって」と、このユニットが始まった理由を語るアフロ。彼は2024年にMOROHAの活動休止という〈挫折〉を味わい、「それも笑い飛ばしていくしかない」と腹を決めた。一方、ヒグチも10年を超えるキャリアのなかで浮き沈みを経験し、上をめざし続けることへの疑問を感じ、「そうじゃない自分の道をちゃんと用意しておきたいって思いはじめて」いた。そんな2人が期せずして辿り着いた転換点で鉢合わせして生まれたのがこのアルバム。『祝祭日』というタイトルが示すように、ことさら煽り立てずとも、〈きげんよく〉暮らしていく日々のなかに特別に光る瞬間があるのだと、この音と声は物語っている。そしてそれは、この2人だからこそ歌えるものだ。

 これまで〈FUJI ROCK〉をはじめ全国各地のフェスやイヴェントにも出演してきた彼ら。そのライヴをヒグチは〈出し物〉と表現した。「音楽を高尚にしすぎてしまっていた」と反省を口にするアフロも「出し物っていいね。そう、出し物なんです」と同調する。目の前にいる人の胸ぐらを掴むようなものではない、いつの間にかそこにあって、たまたまそれに触れた人をちょっと幸せな気分にしてくれる、そんな音楽。インタヴューの最後、「北海道のフェスで初めて天々高々を観て、そのあとライヴに来てくれた年配の夫婦がいた」という話をヒグチは嬉しそうに語ってくれた。そんな在り方こそ、このユニットのめざすものなのだろう。ヴァラエティー豊かなこのアルバムには、人生のさまざまなシーンや感情が、まるでスクラップブックのように刻まれている。だからこそ、その間口はとても広い。

 「(天々高々の音楽は)ヒグチアイやMOROHAより曲の幅もテーマも広くて、人によって好きになってくれる曲も違う。だからこのアルバムを通して、自分でこの曲たちのなかから好きなところを選んで聴きに来てくれる人が増えていくといいな」(ヒグチ)。 *小川智宏

Sundayカミデが共同プロデュースした奇妙礼太郎の2023年作『奇妙礼太郎』(ビクター)