©Ryan Russell

夫婦生活の終わりとレーベル移籍――人生とバンドの両面で岐路に立つベン・ギバードの思索はどこに向かう? ニュー・アルバム『I Built You A Tower』完成記念、私性と普遍の境界を歩む創作に迫ったインタヴュー!

音楽はタイムマシン

 「僕は幼い頃、日本の横須賀に住んでたんだよ。普通の住宅街で暮らしていた。実は5歳くらいのときに日本でモデルもやってたんだ(笑)。その写真も見たことがある」。

 そう語ってくれたのは、11月に来日公演が決まった、デス・キャブ・フォー・キューティー(以下DCFC)のフロントマン、ベン・ギバード。2022年に前作『Asphalt Meadows』をリリースしてからの数年間は、ベンにとってまさに激動の期間だった。

 まず2023年には、DCFCの代表作である『Transatlanticism』と、ベンとドィンテルことジミー・タンボレロのエレポップ・プロジェクト、ポスタル・サーヴィスの唯一のアルバム『Give Up』(共に2003年)のリリース20周年を記念した、ダブル・ヘッドライン・ツアーがスタート。同年にはザ・ベスがポスタル・サーヴィス、カー・シート・ヘッドレストがDCFCをカヴァーしたスプリット・シングルもリリースされるなど、若い世代のミュージシャンたちの間でもDCFC再評価の気運が高まっていた。

 「心から光栄に思うし、僕にとってのキュアーのロバート・スミス、あるいはスーパーチャンクのマック・マコーンのような、彼らにとってのティーンエイジ・ドリームでもある理想像に、どうにか応えられる存在になれたらと願っているよ」。

 2025年にはDCFCのメジャー移籍第1弾となった2005年の作品『Plans』の20周年を記念したツアーも行われたが、こうした経験はベンにとっても大きいものだったという。

 「あのレコードが、いまなお人々にとってどれほど大切なものなのかを目の当たりにして、本当に謙虚な気持ちになった。毎晩『Plans』を演奏して、聴衆がどういうふうに反応しているかを見るなかで、音楽はタイムマシンであり、時間が刻まれていくものなのだと身に沁みてわかったからね。創作活動においては、自分の作る作品が年月に耐えうるものになるよう、ベストを尽くす責任があると思ったよ」。

 時を同じくして、これまで所属してきたアトランティックの人事異動に伴い、レーベル契約を破棄することになったDCFC。ちょうどその頃、ベンはワクサハッチーことケイティ・クラッチフィールドの双子の姉妹としても知られるシンガー・ソングライターのアリソンと、偶然出会うことになる。

 「友人であるトム・シャープリングの結婚式に出席したとき、隣にアリソンが夫のマイク・クロールと座っていたんだ。彼女はアンタイで働いていて、僕らは以前、同レーベルに所属しているスロウ・パルプをツアーに連れて行ったことがある。彼らは最高のバンドであり、良き友人さ。そしてほかにも、アンタイにはニーコ・ケースやトム・ウェイツ、フリート・フォクシーズなども所属しているんだ。結婚式から帰ってきて、マネージャーに〈アンタイとの契約、本気で考えてみない?〉と話したら、 〈実は同じことを考えてたんだ〉って言われて、ミーティングしたんだよ」。