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最後に残る、美しい“あざ”

その上で、新録4曲は特に目を見張るものがあった。

まず、作詞・作曲(作曲はTido、Jurekとの共同)に(sic)boyを迎えた“Shooting Star”には、冒頭のギターの鳴りからも明らかなように、2020年代以降のエモラップの感覚が強く流れていて、言葉が滑るように乗っていくフロウが心地よい。都市の暗がりや孤独を歌っているはずなのに、その声の運びには不思議な軽さがあり、音の上で生きている感覚が伝わってくる。そうして孤独な内面を歌った先でサビに入ると、〈僕は僕を叫び続けていたい〉というフレーズが飛び込んでくる。世界のつまらなさが孤独を引き起こし、傷つき、それでも自分がここにいることだけは叫び続けたい。その切実さは、かつてのアイドル時代にも通じる信念の強さを呼び起こし、同時にソロアーティストとしての確かな表現の深化も感じさせる。

続く“俺らの未来”は、大きなキックとクラップが鳴り響く、平成の青春J-ROCKアンセムを思わせる楽曲だ。映画主題歌のようなスケール感があり、去年話題になったNetflixドラマ「グラスハート」的な、少し照れくさくなるほど真っ直ぐな熱量もある。けれど、歌われているのはかなり個人的な失恋だ。〈本気〉に〈マジ〉とルビを振るような平成的なディテールや、〈大好きだったパスタ/食べにこない?〉という生活感のある誘いが、未練を妙にリアルにしている。そして大サビ前、〈キミには俺しかいないから〉をロングトーンで張り上げて歌う場面は、この曲のハイライトだ。ライブで披露されれば、その一瞬でフロア全体の熱量が一気に跳ね上がる光景がありありと浮かぶ。 

“イマジナリーフレンド”では、アルバムの空気が一気に浮遊する。エレベーターの到着音から始まるイントロの時点で、現実から少しだけ別の階へ移動するような感覚がある。ゆったりと漂うミドルテンポのサウンドは、どこかアリアナ・グランデ以降のポップ感覚や、moumoon的な夜のドリームポップを思わせる。それまでの曲にあった切迫感や攻撃性とは違って、この曲には半分夢の中にいるような柔らかさがある。ただ、通底する不穏さはこの曲にも内包されており、〈Do you still love me?〉という問いが何度も繰り返されるたび、この曲の親密さはむしろ不安定になっていく。甘く、かわいくて、でもどこか怖い。

そして、このアルバムを締めくくる“あざ”は本当に美しい。それまでの電子的でカオティックな空気から一気に表情を変え、生音のピアノとストリングスが静かに鳴る、余白の多いバラードに仕上がっている。面白いのは、ここまで削ぎ落とされた音像の方が、むしろ表情を判別しづらいということだ。普通なら、過度に飾らない歌声から、その人の素の表情が見えてくる。ただ、平手友梨奈の場合は、悲しみなのか、諦めなのか、祈りなのか、感情を簡単には決めさせてくれない。1音1音を確かめるように鳴るピアノや、泣いているように響くバイオリンと呼応して、さまざまな感情が伝わってくる。

特に、〈君が見てる私は/どこにも存在しない〉という一節は本作全体を象徴しているように思えた。誰かが見ている自分、期待する自分、消費する自分。そのどれもが自分であるようで、しかしどこにも本当の自分はいない。だからこそ、最後に残るのは〈あざ〉なのだろう。感情はきれいには回収されず、痛みも簡単には消えない。それでも、何かが確かに起きたことだけは、身体に残った痕のようにそこにある。何があったのかをすべて語るわけではない。けれど、〈あざ〉が残っている限り、何もなかったことにはならない。その読み取れなさと雄弁さが、このアルバム全体を静かに引き受けている。