「FF」の植松伸夫が挑んだ初のオーケストラ作品
オリジナルストーリーに音楽・語りを融合した異色作
ロールプレイングゲーム(RPG)「ファイナルファンタジー(FF)」シリーズの音楽を手がけるなど日本を代表するゲーム音楽の作曲家として知られる植松伸夫が2026年6月19日、自身初のオーケストラ作品『メレグノン:ハート・オブ・アイス』を、クラシックの名門レーベルDeccaから発表する。音楽と語りで展開する〈シンフォニック・フェアリーテイル(交響的おとぎ話)〉というコンセプトをもとに音楽を作った異色作はどう生まれたのか。植松と今作でナレーションを務める声優の戸塚利絵に聞いた。
ゲームの世界で幾多の名曲を生み出し、国内外のゲームファンに音楽を通じて感動を与えてきた植松が挑戦したのは、実際のゲームではなく、オリジナルストーリーに基づいてオーケストラの音楽を構想するという驚きのプロジェクトである。
「人間のような心がある小さな木製ロボット・キュゴが創造主ヌオビを探して旅に出て、氷の世界に温もりを取り戻すというメレグノンの基本ストーリーや構想は、プロデューサー・アーティスティック・ディレクターのトーマス・ベッカーらによって計画されました。トーマスの構想は音楽と物語、朗読を組み合わせるものです。僕はもともと自分のバンドで物語、朗読、映像を組み合わせた作品をやっていたのですぐに共感し合えましたし、ゲーム音楽をやってきた立場からしても違和感はありませんでした」(植松)
『メレグノン』は、実在のゲーム作品を持たない〈架空のサウンドトラック〉というコンセプトで、世界各国のクリエイターが音楽によって物語を形成するシリーズ。トーマス・ベッカーが中心となり、オーケストラ演奏によるコンサート作品として世界各地で演奏されている。ベッカーは20年以上親交があり、FFの音楽などで圧倒的な人気を誇る植松に音楽を依頼した。
「最初に依頼があったのは5年ほど前でした。その時は時間がなくできなかったのですが、音楽を担当してくれるのであればキャラのイラストなどを送るので見て欲しいと言われました。読んでみて次世代の子どものための作品をつくりたいというベッカーの強い意志が伝わり、ぜひやってみようと思いました。音楽にこんな感動があるということを今の子どもたちにも分かって欲しいという思いがあります」(植松)
FFのようなRPGと音楽の関係は、オペラやミュージカルと音楽の関係に近い。その意味では、今回のメレグノンも「総合芸術」のような壮大な世界観を目指したものと言える。
「僕はミュージカルやオペラのような時間や手間をかけた作品を作ることはできませんが、バンドで集まり、音や歌、映像、語りなどを入れて4~5分程度の音楽を短編映画のように作ることはできます。僕の音楽だけだと軽いけれども、絵や人の声などを足すとすごくなる。僕自身、昔は映画を作りたいと思っていたので、その延長線上にあります」(植松)
これまで、FFシリーズのコンサートもベッカー氏が多くを手がけてきた。そんなゲーム音楽を知り尽くした二人がオーケストラ作品を作ることは、音楽で人を楽しませるための原点に立ち返る旅のようなものかもしれない。
「トーマスがプロデューサーとして要望してきたことは、メロディはマリンバ、ここはテナートロンボーンを使ってほしいといった楽器の指定が多かったです。逆にこういう曲にしてほしいという要望はなかったです。最初にたくさんのシナリオがトーマスから送られてきたので、それで音楽がイメージできました」
今回のアルバムでは、“凍りついた涙”“好奇心いっぱいの木製ロボット・キュゴ”など25曲を収録した。ゲームに見立てた物語につける音楽と実際のゲーム音楽に違いはあるのだろうか。
「曲数がゲーム音楽よりも少ない分、〈外れの曲〉は作りにくかったです。ゲームの場合1作品あたり百数十曲程度あるので正直かなり〈遊べる曲〉もあるのですが、二十曲程度だと遊ぶのは難しい。ただ、作曲作業としてゲーム音楽と交響ファンタジーでの大きな違いはありません。音楽と映像や朗読を掛け合わせることはずっとやってきましたので。そう考えると、僕はゲーム音楽のようなものにすごく向いていたのだと思います」
今回のアルバムにおいて重要なポイントがある。それは、この音楽が「将来を担う子どものために書かれた音楽」であることだ。子どものための音楽。これは簡単なようで極めて難しい。
「子どものための音楽というコンセプトを持つメレグノンはメロディで語る曲が多いのでウソはつけませんし、キャラクターのテーマなどは外せません。作曲の際には、柔らかいメロディになるよう意識しました。子どもたちのための音楽というのは、今回の作品のキーワードになっています」
今作のナレーションは、植松が率いるバンドのメンバーでもある戸塚に白羽の矢を立てた。戸塚とベッカーも植松を通じて親交があり、日本語のナレーションを入れて欲しいと言われたときには、戸塚しかいないと決めていたという。
「2025年11月に突然植松さんから〈来週ロンドンのアビー・ロード・スタジオでロンドン交響楽団のメレグノンの収録を見てきてくれない?〉と連絡がありました。ビックリしました。私の朗読が決まっているなんてその時初めて聞きました。私でいいの?という感じでしたね。英語版のナレーションは、アカデミー賞女優のアリシア・ヴィキャンデルさんですから。よく分からないうちにロンドンに行き、収録に立ち会いました。たまたまスケジュールが合って行けたのですが、〈すごいものが見られる〉という思いが強かったです。実際、本当に感動しましたし、トーマスさんのディレクションが直接見られたのも、後の収録に役立ちました。声優という仕事は指示されたイメージ通りにやることが多いですが、今回のメレグノンは作品の成り立ちのところから見られたので面白かったです」(戸塚)
メレグノンの演奏を担当したロンドン交響楽団は世界屈指のオーケストラの一つだが、FFシリーズの音楽を演奏するなど関係が深い。
「世界最高峰のロンドン響と仕事で一緒にできるのは本当に光栄ですが、(思考が)柔らかいオーケストラですよね。スター・ウォーズを演奏し、ロックミュージシャンとも共演し、そしてゲーム音楽もやる。オーケストラはクラシックやってなんぼという意識が強いですが、ゲームなどいろいろな音楽ができるオーケストラというのもいいと思います」
「ゲーム音楽の巨匠」と言われることが多いが、植松自身はクラシック、ジャズ、ロック、民族音楽などジャンルをどんどん越境する旺盛な好奇心がある。今後はどこに向かうのか。
「今後もよい短編映画のような物語をさらに作り続けたいです。将来の夢というより、これをずっとやり続けたいという思いが強いですね」。植松伸夫の音楽は常に人に寄り添い、人の心を動かす。これからも植松が生み出す“自然体”の音楽は多くの人に愛聴されることは間違いないだろう。
植松伸夫(うえまつ・のぶお)
1959年、高知出身の作曲家。1986年、スクウェア入社。「ファイナルファンタジー」シリーズのBGMの生みの親であり、世界的に高い評価を受ける。特に海外から「ビデオゲーム界のベートーヴェン」と評されることもある。2004年に退社後、SMILE PLEASEを設立。2020年リリースの「FINAL FANTASY VII REMAKE」では新たにテーマソングを作曲。収録アルバムが〈日本ゴールドディスク大賞サウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤー〉を受賞。近年では、ソロおよびバンド演奏、朗読ライブなど、さまざまな形式での演奏を盛り込んだ〈植松伸夫 con TIKI SHOW〉を開催し、演奏活動も注目されている。
戸塚利絵(とづか・りえ)
青二プロダクション所属の声優。 子供番組「ハピクラ」のラッピーや様々なキャラクターの声優を務める。また情報番組のナレーションやラジオDJ 、イベントMCなど幅広い分野で活躍する。〈植松伸夫 con TIKI〉では朗読を主軸としながらオートハープやグロッケン等様々な楽器を担当しマルチプレイヤーとして活躍中。
LIVE INFORMATION
BRA★BRA FINAL FANTASY BRASS de BRAVO with Siena Wind Orchestra 2026
2026年6月27日(土)広島文化学園HBGホール
開場/開演:13:00/14:00
2026年6月28日(日)大阪国際会議場(グランキューブ大阪)メインホール
開場/開演:13:00/14:00
2026年7月4日(土)東京国際フォーラム・ホールC
〈昼公演〉開場/開演:13:00/14:00
〈夜公演〉開場/開演:17:30/18:30
■出演
植松伸夫(制作総指揮)
栗田博文(指揮)
シエナ・ウインド・オーケストラ
暁 - Xiao -(歌)
佐藤路子(ソプラノ)
保坂真悟(バリトン)
比嘉誉(バスバリトン)
山下まみ(MC)
https://www.jp.square-enix.com/music/sem/page/brabraff/tour/2026/
