キング・オブ・スウィングが自ら語る、自身の音楽スタイルができるまで
筆者の世代にとってカウント・ベイシーはレジェンダリーなバンド・リーダーであり、彼のバンドはスウィング(概念としてよりも実践的なタイム・アーティキュレーション)の手本とすべき存在として知られていた。しかし〈僕らの〉音楽と思えなかったことは事実で、文字通りレジェンド=伝説の人であった。同世代ジャズ・ファンの多くと同様、筆者がフュージョン→モード→ビバップと遡り50年代までを、そしてラージ・アンサンブルよりもコンボ演奏を中心に聴いてきたからだろう。ただ筆者自身も大編成のアレンジを書くようになり、ビッグ・バンド経験者も多い管楽器のアーティキュレーションを聴き馴染むにつれ、彼らのスウィング感の根底にはベイシーのそれが根付いていると強く感じるようになった。サミー・ネスティコ、クインシー・ジョーンズなどの優れた編曲により、ベイシーのレパートリーは定番化し、いまだに世界中のビッグ・バンドで演奏されていることからもお分かり頂けるだろう。映画「カウント・ベイシー」ではバンド・リーダーとしてのベイシーとその音楽的特徴、彼が過ごした時代と社会背景、そしてあまり知られていなかった彼のプライヴェートがバランス良く描かれている。
音楽面でフォーカスされているのはやはりそのスウィング感だ。本作には実際の演奏映像も多く使われているが、ストーリーは関係者へのインタヴュー、ベイシー家のホーム・ヴィデオ、ベイシー自身が書き連ねた自伝の草稿をナレーションとしたものを中心として進められていく。関係者へのインタヴューでもっとも語られている音楽的特徴はベイシーのスウィング感についてだが、もちろん単純明快な答えであるはずがない――演奏指示を除けばスウィングは定義さえも難しい。いわば様々な要因を複合した結果としてのスウィングということになる。
まずはバンド・リーダーとしての手腕である。メンバーをサイドメンや被雇用者ではなく〈家族〉のように扱い、自身は「バンドの一員にすぎない」と言う。絶頂期には年間300日ともいわれる巡業を共にするメンバーには、なんでも相談できるような環境を心がけていた――そしてギャランティはとても良い。その一方「演奏時は俺を見ろ」と言い、自身のスウィング感を共有することは強く求める――作中インタヴューでクインシーは、ベイシーには強力な音楽的“スタイル”があり、それはすべてを圧倒すると語っている。奏者を個人として認めつつ、自身の音楽的スタイルは明確に示すという姿勢は、ベイシーとメンバーの間に強固な信頼関係を築き上げる。結果、楽団はひとつのユニットとなり、ベイシーのスウィング感はバンド全体のスウィング感となった。ではベイシー自身のスウィング感とは何に由来しているのか。その鍵は彼のピアノ演奏にある。
一般的にベイシーのピアノといって思い浮かぶのは音数の少ないスタイルだと思うが、彼はファッツ・ウォーラーをリスペクトしており「自分はジャズ・ミュージシャンではなくラグタイムだと思っていた」と言うほどであった。ファッツ・ウォーラーがストライド・ピアノ(左手でベースとコードを絶え間なく奏でるスタイル)の名手であることからも分かるように、ベイシー自身もストライド奏法がたいへん上手い――作中でも披露されている。そしてベイシーのスウィング感は終生ラグタイムのそれを基準としていた。加えて彼は曲調によりジャスト、レイドバックなどのタイミングに関しても自由自在にコントロールできたという証言もなされている。伝統的なスウィング・ジャズのタイミングやアーティキュレーションを基本に、曲ごとに適切なスウィング感をピアノで提示、ベイシーのスタイルを熟知したメンバーはひとつのユニットとして機能したというわけだ。個人の体験を巧みなリーダーシップにより集団に共有させた結果である。
本作ではベイシーが過ごした時代の人種差別に関しても多く取り上げられている。時代を遡るほど差別が劣悪であったことは周知のことと思うが、ベイシーはそれらすべてを経験しながらも「怒るな、自滅するぞ」とメンバーに言い、差別を「許さない」としながらも、する側の問題と捉え「悩まされることはなかった」と言う。そしてその理由を「ステージでNYを感じるとそれだけで高揚を覚えた」としている。ベイシーの思慮深さや状況判断の的確さを感じると同時に、音楽家の特性も垣間見た気がした。
そして彼のプライヴェートに関してである。作中のインタヴューでも私生活は「内緒にしておきたいんです」と本人が語るように、ベイシーのプライヴェートには謎が多かった。本作では彼の生い立ち、妻であるキャサリンの社会活動、娘ダイアンの障がいなどについても、ホーム・ヴィデオや自伝の草稿などを用いて詳しく描かれている。本作でもっとも印象深かった部分だ。ベイシーと彼の家族は深い愛で結びつき――彼の音楽と寸分の狂いもなく――ひとつになっていた。
寄稿者プロフィール
冨田恵一・冨田ラボ(とみた・けいいち/とみた・らぼ)
音楽家・音楽プロデューサー・作曲家・編曲家。2023年6月に活動20周年を記念したアルバム『冨田ラボ / 冨田恵一 WORKS BEST 2 ~beautiful songs to remember~』をリリースした。長年にわたり冨田恵一のソロプロジェクトとして親しまれてきた冨田ラボが、2025年3月に新メンバーとして、Arche、北村蕗、santa、ヨウという4人のボーカリストが加入。新体制後は“the birds of four”、“あはは feat. UA”、“World Tree”、“DRIVE WILD”をリリース。音楽プロデューサーとしても多数のアーティストに楽曲を提供。耳の肥えた音楽ファンに圧倒的な支持を得るポップス界のマエストロ。7月8日(東京)、7月9日(大阪)には新体制初ライヴの開催が決定!
MOVIE INFORMATION
映画「カウント・ベイシー」
原題:Count Basie: Through His Own Eyes
監督:ジェレミー・マー
配給:ディスクユニオン/配給協力:ALFAZBET
字幕:山口三平
(2018年/イギリス/75分)
©EAGLE ROCK ENTERTAINMENT LTD
2026年7月3日(金)より 新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館、シネマリスほか全国順次ロードショー!
https://www.du-cinema.com/count-basie