ルアン
Photo by Ayano Sudo

昨年、異端のアイドルデュオ電影と少年CQは、アルバム『HAPPY END』をリリースし、9年の活動に幕を下ろした。シアトリカルな世界観でファンを魅了した同グループにおいて寡黙でミステリアスな存在感を放っていたのがルアンだった。

電少時代から、ソロ活動も並行して続けてきたルアンだが、最新作『あたしをつくらないで(上)』は、これまでのキャリアの延長線上にはない。電少後期から交流のある菊地成孔と、彼が率いるクリエイティブチーム〈新音楽制作工房〉の全面プロデュースのもと、〈ルアン・リブート・プロジェクト〉と銘打ち、しなやかに〈新章〉を宣言した。

ギミックの匂うタイトル、AIを駆使した制作の裏側、そして生まれ変わったばかりの彼女が静かに抱く野望について語ってもらった。取材は、2つの台風が相次いで関東に接近し、じっとりとした宿雨が街を包む6月末、都内某所のビュロー菊地事務所にて行われた。

ルアン 『あたしをつくらないで(上)』 ビュロー菊地レーベル(2026)

 

内向的だった少女が電影と少年CQで歌うようになるまで

――ルアンさんは、子供の頃から音楽に興味があったんですか?

ルアン「そうですね。親の影響は大きいです。母がとりわけロックやパンク、80年代当時のインディーズブームなど幅広く聴いていて、家にCDやDVDがいっぱいありました」

――では、昔から〈自分も人前で歌いたい〉という願望がありましたか?

ルアン「歌うこと自体は好きでしたが、どちらかというと内向的な感じでしたね。音楽の授業も、成績はそれほど……。絵を描いたりする方が好きでした」

――でも、そこからお友達に誘われて、時効国家というアイドルグループに加入された訳ですよね。

ルアン「はい。それも、その友達の子が〈ルアンちゃんが入ってくれなきゃ私もやらない!〉みたいな感じで(笑)。その子は歌もうまいし、キャラクターもすごく面白くて。〈私がこのグループに入らなきゃ、この子もやめちゃうんだ〉と考えたら、一回やってみようと思ったんです。

その子の誘いがなかったら、今の私もないと思うので、感謝してます。その子は今は、声優として頑張ってますね。

アイドルを始めた時は、家族からも〈えっ、できるの?〉みたいな感じに言われて。でも続けていくうちに、どんどん自分もやりたいと思うようになって、家族もすごく応援してくれるようになりましたね」

――時効国家は2016年に解散して、それからすぐに電影と少年CQの活動が始まるんですよね。

ルアン「はい、プロデューサーの長田左右吉さんからお声がけいただいて。映画がコンセプトのグループで、という説明を受けて、素敵だなと思いました。私は映画に詳しい訳でもないんですが、その世界観にフィットするような人であることができたらいいな、と思って活動していましたね。

当時は地下アイドルシーンが一番盛り上がっていた時代だったと思います。いろんなグループがいた中で、電少は、最初から最後までバチッと世界観を貫いた、数少ないグループだったんじゃないかと思いますね」

 

電少の〈ハッピーエンド〉に立ち会った菊地成孔

――菊地さんは、2010年代の地下アイドルブームの中で電少というグループがある、ということはご存知でしたか?

菊地成孔「いやあ、地下アイドルというか、サブカルとしてのアイドルというか、そこまでは手が回らないですね(笑)。だから全然、知らなかったです。

湯山玲子さんっていう業界のフィクサーがいるんですけど、その人の仕切りで、いろんなアーティストが東京の名店で昭和歌謡を歌うというイベントがあって。それに呼ばれて、銀座の藤堂という店でデュエットすることになったんです。

その頃、僕ちょっと、病気で毎日熱でフラフラしてたんですよ(笑)。だから細かい記憶はあいまいなんですけど……。それで、新音楽制作工房の連中に〈誰か(デュエット相手の)いい人いますか?〉って聞いたら、〈ルアンさんだ〉っていう声が多くて。その時に初めて電影と少年CQのことを知ったんです」

――2023年のイベントですよね

※編集部注 2023年10月28日に開催された〈菊地成孔 × クラブ藤堂【銀座7丁目】■■■■■酒と恋とバラが跳梁するGINZAの心を、夜に精通する菊地成孔が、高級クラブに響かせる銀座と東京のうたの会〉

菊地「それで、銀座にルアンさんが長田さんとやってきて。そこで第二期SPANK HAPPYから1曲と、昭和歌謡を1曲歌うことになって。こっちは慌てて電少の曲を何曲か聴いただけだったし、〈こんな若い子がスパンクスの曲なんか知らないでしょう〉と思ってたけど、ルアンさんは全部暗記されてて。〈やっぱりアイドルをやる人は一生懸命覚えて偉いなあ、ありがたいなあ〉と思って、そのライブは終えたんですよ。ルアンさんとは、それが最初ですね」

ルアン「ただ、2018年のアーバンギャルドさんの〈鬱フェス〉でも、菊地さんとはお会いしてるんですよ。その時に一度、ご挨拶させていただいたと思います」

菊地「ああ、その時も自分は熱出してて(笑)。後からODにも〈ルアンさんとはあの時すでに会ってるじゃないスか~〉って言われたけど、あまり覚えてなかったんですよね」

ルアン「もともと、スタッフや周りの人には菊地さんのことが好きな人が多かったんですよ。それで、〈鬱フェス〉で初めてFINAL SPANK HAPPYを観たんですけど、すごく好きなサウンドで。そこから岩澤(瞳)さんがボーカル時代の第二期のアルバムも聴くようになって、じわじわと(菊地さんの音楽に)ハマっていった感じですね」

菊地「で、今度は僕が2024年に〈セカンド・スパンクハッピー・レトロスペクティヴ〉というイベントを企画したんですけど、その際に出演してもらったのが、まずアーバンギャルドさん。それからもう1組誰か、と思った時に〈そういえば、去年銀座で歌ったルアンさんのチームがあったな〉と思い出して、電少さんに出演をお願いして。

そこで電少さんはスパンクスの“ANGELIC”をカバーしてたんですけど、これは素晴らしいなと。そのカバーは電少の次のアルバムに入ることになったんですけど、そこから長田さんから〈菊地さん、書き下ろしでも1曲書いてくれませんか?〉とお願いされて。

電少さんは、1曲につき1本の映画をモチーフにするっていうテーマがありますよね。それで、いろいろ考えたんですけど、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』でいくことになって。

それで曲を書き始めたら、2曲できちゃったんです。〈どっちにするか長田さんが選んでくれます?〉と言ったら〈両方っていうのはダメですか?〉と言われて(笑)」

ルアン「私もその2曲のデモを聴いた時、〈どっちもいいなあ〉と言った気がするんですよね(笑)」

菊地「〈そうすると“ANGELIC”も合わせたら僕がアルバムに3曲も提供してて、ズブズブ感あるけどいいの?〉って思ったんですけど、そのアルバムが最後の作品というか、〈ハッピーエンド〉のアルバムになったんですね。結果として、電少さんの最後の作品に関わったことになりました」

――期せずして、ルアンさんのキャリアのターニングポイントに立ち会った感じですよね。

ルアン「ただ、必然的なものも感じました。そのタイミングで菊地さんと合流するというのも」