2020年の放送開始以降、3期8話のテレビドラマと1作の映画で、その特異な作品世界を確立した岸辺露伴シリーズの楽曲を集成した「岸辺露伴は動かない/岸辺露伴 ルーヴルへ行く」オリジナル・サウンドトラックのリリースを記念したトークイベントが2023年12月1日に開催の運びとなった。会場は池袋の自由学園明日館講堂。劇中で露伴のアトリエとして使われている葉山加地邸の設計者、遠藤新が手がけた重要文化財の一画に、OST盤購入者から厳正なる抽選をへて招待をうけた100人あまりの聴衆がつめかけている。
定刻をすこしすぎたころ、司会進行の岸辺露伴シリーズ・プロデューサー土橋圭介につづき同シリーズの音楽を担当する菊地成孔と、主演の高橋一生、露伴の担当編集者役の飯豊まりえ、シリーズを監督する渡辺一貴が登壇。口火をきったのは国民的マンガ作品のスピンオフドラマである岸辺露伴シリーズの音楽を菊地成孔になぜ依頼したのか、という質問だった。これにたいして監督の渡辺は菊地ひきいるラテン楽団ペペ・トルメント・アスカラールの『記憶喪失学』を映像にあてたら「露伴の世界とリンクしてしまって、ヘビーローテーションしながらアイデアを練った」のだという。渡辺のラブコールにより岸辺露伴シリーズへの菊地の参加もほどなく決定。この報には「ちょうど菊地さんの参加が決定したと知ったとき“Meu Amigo Tom Jobim”を聴いていた」高橋一生も「うわっ、この菊地さん!?」と躍りあがった。
そのように述べる高橋と菊地成孔は現場や試写会場をふくめて、じつはこの日が初対面。菊地は「主演級のオーラ」にいささか気押されつつも、劇判音楽での自身の経験をひきあいに、脚本、演技、演出、撮影、ロケーションや衣装におよぶ露伴シリーズの質の高さを強調。たがいに認め合う現場の関係を彷彿とする場面を経て、トークは事前に募った質問をアンケートにこたえるかたちで進行することに。
もりあがったのはOST盤から人気曲を選ぶアンケートだった。結果は3位“ザ・ラン”、2位“愛の遺伝”、1位は“大空位時代”という順当なものではあったが、ドラマ、映画、メインテーマと万遍ない得票は露伴シリーズの裾野の広がりをしめすかのようでもあった。ちなみに出演者のふたりはお気に入りとして高橋がバンドネオン独奏によるアルゼンチンタンゴの“東京—ブエノスアイレス”を、飯豊まりえはドラムンベース風のビートと弦の刻みが印象的な“ザ・ラン”をチョイス。飯豊は前日、“ザ・ラン”を聴きながら寝入ってしまい、めざめたら浮遊感あふれるワルツ“イヴの歌”がかかっていて部屋がこわいムードになってた、といいそえて会場をなごませたが、彼女の発言は露伴OST盤の収録曲のレンジの広さをしめすかのようでもあった。
広範な音楽性の淵源となる露伴シリーズの作風をさして、菊地が「レトロモダンとハイパーモダンを時間軸的に融合させた、つまるところは怪奇もの」とみなすのは本誌前号の記事で述べたとおり。そのうえで菊地は怪奇ものの音楽には恐怖以上に悲哀が肝要である、と付言する。それをうけて高橋は、だからこそこのほどAmazon Prime Videoで配信がはじまった「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」に〈ホラー〉のタグがついていたのに誇りを感じたのだと言葉を継ぐ。
「中途半端に〈人間ドラマ〉と書かれなくてよかったといいますか。ホラーだと思っていてくれ。結局悲しいからさ、と僕は思っているので、そういうジャンルわけをされたことがうれしかった」
高橋のこの発言はホラーというジャンルへの偏愛もさることながら岸辺露伴シリーズへよせる全幅の信頼を裏打ちするかのようでもあった。監督と制作、役者と音楽家がつくりあげる細部がゆるぎない作品世界につながり多様な解釈に開かれる。この日はじめて一堂に介したとはにわかには信じがたいチーム露伴の息の合ったかけあいを前に、来たるべき新シリーズにも思いをはせた一夜であった。