魔暦紀元前14年(1985年)9月21日に発布(リリース)された聖飢魔IIの第一大教典『聖飢魔II~悪魔が来たりてヘヴィメタる』。地球デビューを果たした記念すべき本作が40周年を迎える。今回は、初期の音楽性から彼らがなぜ特異なバンドであるのか、また彼らの音楽的達成について「現代メタルガイドブック」を監修した和田信一郎(s.h.i.)に論じてもらった。 *Mikiki編集部

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聖飢魔II 『聖飢魔II~悪魔が来たりてヘヴィメタる』 CBS/ソニー/FITZBEAT(1988)

 

聖飢魔IIはメタルの拡張をやってのけた最高級のバンドである

本稿の主旨は次のようなものだ。聖飢魔IIは、メタルの越境・拡張をそれが一般化する何十年も前にやってのけた最高級のバンドである。史上初のオルタナティブメタルのひとつと言ってもいい。そして、そういう音楽遍歴が実現した背景には、デビュー作である『聖飢魔II~悪魔が来たりてヘヴィメタる』の評価(特に、悪名高い〈0点〉レビュー)が少なからず関わっていたのではないか。

こうした経緯も含め、聖飢魔IIの凄さはメタル領域の内外を問わず十分に知られてこなかったが、残された作品に衝撃を受け惹き込まれる人は時を経るほどに増え続けている。今年の8月30日と31日に開催された〈悪魔が来たりてベビメタる〉(聖飢魔IIとBABYMETALの対決ライブ)は、以上のような流れを総括し、今の歴史観や感覚で再評価するものだった。

というわけで、〈名盤アニバーサリー〉と言いつつその名盤自体(この〈名〉に伴うニュアンスがまた複雑)に言及するまでが長くなる。ご了承いただけるとありがたい。

なお、聖飢魔IIには悪魔用語と言われる諸々の言い回しが存在するが、本稿はそれに慣れていない読者を想定し、できるかぎり一般的な言葉で言い換えている。年月日は魔暦※1でなく西暦で統一して〈1985年〉〈2025年〉などと表記し、構成員(メンバー)の名称も加入当初ではなく現在の名義を表記する。また、大教典(フルアルバムのようなもの)については、公式のナンバリングとは別に、オリジナル作としての順番を英語の序数で表記する。例えば、1999年に発表された第十七大教典『LIVING LEGEND』は、オリジナルアルバム的な作品としては12作目となるために〈12th〉と表記している。

 

時代の先をゆく達成を繰り返してきた〈音楽的放蕩〉

読者の皆様は、聖飢魔IIと言われてどんな音楽をイメージするだろうか(そもそも音楽をやる集団という認識があるだろうか)? キッス? クラウザーさん? そうでなくとも、〈ヘビメタ〉の様式美に徹する悪魔系バンド? 一般的な印象はだいたいそんなところで、いずれにせよコミックバンドみたいなものと見なし、音楽的な評価の対象になると考えたことのない人も多いのではないだろうか。

しかし、実情はまったく異なる。聖飢魔IIの構成員はみなシーン屈指の凄腕であり、音楽的なバックグラウンドも多岐にわたる※2。創設者のダミアン浜田陛下(結成当時は殿下)はHR/HM=ハードロック/ヘヴィメタルのコアなファンであり※3、その様式美を踏襲した名曲を数多く生み出してきたのだが、他の構成員はどちらかといえば他ジャンルの超一流であり、多彩な素養を活かし作品ごとに全く違う音楽性に取り組んできた。

例えば、1988年発表の5th『THE OUTER MISSION』では、ジャーニーを想起させる煌びやかなハードロックサウンドと、フランク・ザッパやU.K.に通ずるプログレッシブロック〜ジャズ的な奥行きが、Pファンク的な足腰の強さと洗練されたポップセンスのもと融合している。

また、1997年発表の10th『NEWS』は、HR/HM側からLUNA SEAなどのJ-ROCKへ接近した感じの作風なのだが、独特のエモ感が21世紀のポストハードコアを先取りしたような味を生んでいて(リンキン・パークやブリング・ミー・ザ・ホライズン、明日の叙景などと似た感覚で聴くこともできる)、それが極上のリードメロディで彩られることにより、稀有の歌謡ロック作品ができている。

その一方で、1992年発表の7th『恐怖のレストラン』は、当時台頭してきたグランジやグルーヴメタルを意識しつつ、初期デスメタルやグラインドコアとは異なる視点から激しいメタルの表現を探求している。7拍子のギター&ベースと6拍子のシンセサイザーによるポリメーターが美しい“人間狩り”(ヴォイヴォドやシニックにも通ずる)、高速スラッシュメタルの上でオペラティックなグロウルが炸裂する“ギロチン男爵の謎の愛人”など、この時期の聖飢魔IIだからこそ生み出せた名曲も多い。

以上の3作は、21世紀に本格化したメタルの越境・拡張傾向を大幅に先取りするものである。メタルは〈メタリック〉な質感さえあれば何でもそう呼んでしまえる柔軟な括りでもあるため、様々なジャンルとの混淆が起こりやすく、実験的なことをやってもそうした質感の機能的快感で納得させてしまえる音楽スタイルだ。こうした在り方についての認識は2020年代になって一気に広まってきた感があるが、聖飢魔IIは1980年代後半から作品ごとに大きくスタイルを変える上記のような活動、いわば音楽的放蕩に取り組み、時代の先をゆく達成を繰り返してきたのだった。

 

〈悪魔〉のイメージがもたらした音楽的自由

これは各構成員の多彩な音楽的素養の賜物なのだが、それと同じくらい重要だったのが、このバンドならではの世界観、〈悪魔〉としての存在感の強さなのだと思われる。やっている音楽がどれだけ多彩でも、あの白い顔や戦闘服などの出で立ちがあれば一貫したイメージが保たれる。

これは、いわゆるヴィジュアル系※4のバンドにも通ずることだろう。その上で聖飢魔IIの場合は、“蠟人形の館”をはじめとする初期の名曲群(様式美ヘヴィメタルの枠内でも最高級のものばかり)が〈悪魔〉イメージを補強し、〈悪魔だから何をやってもおかしくない〉方面での説得力をも高めている。

聖飢魔IIは、先述のような音楽的放蕩を繰り返す一方で、ミサ(ライブのようなもの)では最新の楽曲とともに初期の名曲群を演奏し続け、〈悪魔〉イメージの継承と更新を同時に成し遂げてきた。その結果、どれだけ遠くに行っても帰ってくる場所がある状況が維持される。このような保守と革新のトリックスター的両立こそが聖飢魔IIの本領であり、その原点となったのが、1985年9月発表の1st『悪魔が来たりてヘヴィメタる』、1986年4月発表の2nd『THE END OF THE CENTURY』、同年11月発表の3rd『地獄より愛をこめて』といった初期の名作群なのである。

 

元ネタを換骨奪胎し、別の個性を生み出す名手

というわけでここからが初期作の話なのだが、聖飢魔IIの場合、曲の骨格自体は様式美ヘヴィメタルであってもそれを演奏する構成員が他ジャンルの超一流なこともあってか、一般的なメタルでは考えられないようなメロディやコード進行が組み込まれていることが多い。また、聖飢魔IIは換骨奪胎の名手であり、他バンドの名フレーズ(ヒップホップやDJで言うところの大ネタ)を引用しつつ全く別の個性を生み出してしまっていることも少なくない。

例えば、2nd収録の代表曲“蠟人形の館”では、オジー・オズボーン“Crazy Train”によく似たリフを欧州暗黒メタル的な曲調(デーモン閣下の存在感もあって楽しげな印象も生まれているが、マーシフル・フェイトあたりにそのまま通ずるおどろおどろしさがある)に落とし込み、意識して聴き比べても別物にしか思えないくらいのオリジナリティを確立している。

そうした印象に大きく貢献しているのが素晴らしいギターソロだ。“Crazy Train”自体の構造や元音源でギターを弾いているランディ・ローズの個性を汲みつつ数段ひねったようなメロディの流れは、ジャズ的なスケールアウト感も滲ませながら曲の骨格に美しくハマっている。鼻歌したくなるくらいキャッチーな、それでいて実際に鼻歌しようとすると難しいフレージングはエース清水長官の独壇場で(ジェイル大橋代官やルーク篁参謀にはまた別の魅力的なメロディセンスがある)、“THE END OF THE CENTURY”や“JACK THE RIPPER”ではジューダス・プリーストやアイアン・メイデン系譜の曲調に全く異なる旨みを加えている。

この時期にこんなことをやってのけたバンドは〈正統派ヘヴィメタル〉の領域にはいなかったし、ジャズ的な演奏語彙とメタルの融合という点では、メガデスの1st『Killing Is My Business... And Business Is Good!』(1985年)あたりにも並ぶ達成ではないかと思われる。

 

HR/HM領域で最先端のことを成し遂げた世界屈指のバンド

こうした換骨奪胎のうまさ、文脈再構築の妙に満ちたアレンジ能力は、聖飢魔IIの全活動期間を通して強力な武器であり続けた※5。それは1st『悪魔が来たりてヘヴィメタる』についても言える。“悪魔組曲 作品666番 ニ短調 序曲:心の叫び”では、レッド・ツェッペリン“Achilles Last Stand”のスキャットがおどろおどろしく神秘的なチャントに組み替えられ、同曲の“第三楽章:KILL THE KING GHIDRAH”ではレインボー“Kill The King”のリフが参照されているのだが、それらを用いる文脈が原曲と大きく異なり、音源全体の雰囲気も別物であるためか、〈元ネタ〉と全く別の価値が生まれている。

これほどのことができるバンドは当時としても稀だったし、狭義のヘヴィメタルの枠内で革新的な作品が生まれ続ける近年の潮流に照らしてみれば、ヒップホップにも通ずる文脈再構築の感覚も含め、さらに高く評価されるべき状況が来ているのではないだろうか。

リアルタイムでは〈意外に本格的な音を出している色物バンド〉くらいにしか思われていなかった初期の聖飢魔IIは、実は当時のHR/HM領域で最先端のことをやっていたという点においても、そしてそれが時代を超えて新鮮で尖った価値を示しうる点においても、世界的に屈指のバンドだった。そしてその出発点となったのが、デビュー作『悪魔が来たりてヘヴィメタる』なのである。

 

〈0点事件〉が解放したメタル界のしがらみ

以上のような話をふまえて考えてみてほしいのが、日本を代表するHR/HM専門誌「BURRN!」が『悪魔が来たりてヘヴィメタる』につけた〈0点〉レビュー(100点満点中の0点。評者は前編集長の酒井康※6)だ。この件に関しては、2020年12月19日の広島公演に現編集長の広瀬和生が登壇し陳謝したことで双方の確執に終止符が打たれ、同誌の2021年3月号では聖飢魔IIの表紙&巻頭特集が組まれている(先の登壇はこの前フリでもあったのだろう)。

日本のメタル領域で極めて重要な立ち位置にあった「BURRN!」に一切取り上げられなくなったことは、当時のメタルファンと聖飢魔IIの間に極めて深刻な分断をもたらした※7。しかし、それは結果的には必ずしも悪いことではなかったのではないのかもしれない。

例えば、アイアン・メイデンの『Somewhere In Time』(1986年発表)やジューダス・プリーストの『Turbo』(1986年)といったアルバムは今でこそ高い評価を得ているが、当時は〈シンセサイザーが入っている〉というだけの理由でメタルヘッズから叩かれることも多かった。その一方で、エクストリームメタルの先駆けとなったコアな作品が「BURRN!」のレビューで酷評されることも多かったわけで、当時のHR/HMファンに歓迎される作風の幅はかなり狭かったと言わざるを得ない。

そうした状況のなかで『悪魔が来たりてヘヴィメタる』が高く評価されていたら(作品の内容的には十分にあり得ることでもあった)、聖飢魔IIも保守的なHR/HMファンを多く抱えることになっただろう。そうなると、越境志向を前面に出し始めた4th『BIG TIME CHANGES』(1987年発表)以降の作品はうまく受け入れられなかっただろうし、そもそもジャンルの重力圏から逃れられず、先述のような音楽的放蕩を試みることもできなかったのではないか。

聖飢魔IIはデーモン閣下の卓越した芸能力によりお茶の間に活路を見出し、そこに5th『THE OUTER MISSION』や第六大教典『WORST』(リミックス&新録を含むベスト盤のようなもの)のポップな作風が絶妙にハマったわけだが、そうした時流との噛み合いとはまた別に、各構成員の多彩な音楽素養を生かすにあたっては、ジャンル的なしがらみはないほうがよかった。怪我の功名みたいな話ではあるが、『悪魔が来たりてヘヴィメタる』が伝説的な酷評を受けてしまったことは、聖飢魔IIというバンドにとって※8、そしてメタルの世界全体にとっては、むしろ重要なきっかけになったのではないかとも考えられるのだ。

 

聖飢魔II vs BABYMETAL公演が示した深いリスペクト

聖飢魔IIとBABYMETALの対決ライブ(筆者は2日とも参加した)が〈悪魔が来たりてベビメタる〉と名付けられたのは、単に語呂が良いということを超えて、以上のような流れを見事に総括するものだった。そもそもBABYMETALのプロデューサーKOBAMETALは聖飢魔IIに大きな影響を受けており、楽曲※9やライブの映像演出で聖飢魔IIをたびたび意識してきたのだが、当日のBABYMEATLのセットリストはそうした思い入れや理解の深さを極めて高い次元で示していた。

BABYMETALの選曲は音楽スタイルの点では聖飢魔IIとあまり被らないのだが、曲ごとに異なるビートに取り組む姿勢とその多彩さは聖飢魔IIの音楽的放蕩にそのまま対応している。聖飢魔IIが1990年に発表した6th『有害』や、1994年に発表した8th『PONK!!』あたりを想起させるグローバルメタル感は、BABYMETAL自身が結成当初から(特に、2016年発表の2nd『METAL RESISTANCE』から)意識していたものでもあるのだが、今回のセットリストでは、そうした志向のルーツに聖飢魔IIがあったのだということが示唆されていたように思われる。

90年代前半の聖飢魔IIは一般的には最も聴かれておらず、ファンの間でも賛否が分かれる時期なのだが、そこに照応する楽曲群を並べ、言外に再評価を促すなんてことができるとは。自分はこんなリスペクトの示し方を見たことがなく、共演相手のことをここまで理解したうえで対バン企画を組んだのかと唸らされるばかりだった。『悪魔が来たりてヘヴィメタる』のタイトルをもじったイベントにこのような文脈表現が付与されたのは、聖飢魔IIの歴史においても、メタルの歴史全体をみても、本当に意義深いことだったと思う。

 

聖飢魔IIを目撃するチャンスはまだ残っている

ここまで長々述べてきたように、聖飢魔IIは複雑で数奇な運命を辿ってきたバンドである。成し遂げてきたことの凄さや意義が十分に知られているとは言いがたく、音楽的な価値についての言説もあまりない。しかし、その影響力は実は大きく、BABYMETALを筆頭に重要な流れをいくつも生み出してきた。〈悪魔が来たりてベビメタる〉はそうした系譜を総括して今の歴史観や感覚で再評価するものであり、両陣営のファンの交流を新たに生む機会にもなった。

聖飢魔IIは現在、地球デビュー40周年にあたっての期間限定再集結ツアーを実施中であり、その締めくくりとして、11月24日(月・祝)に大阪城ホール、11月30日(日)にさいたまスーパーアリーナでファイナル公演を開催する。〈悪魔が来たりてベビメタる〉での聖飢魔IIのパフォーマンスは驚異的に素晴らしく(特に閣下の仕上がりは21世紀に入ってからベストだったと思う)、それに衝撃を受けた多くのBABYMETALファンが今回のツアーファイナルに参加を決めている模様。いずれの公演もこれまで以上に盛り上がるはずだ。

この2公演の他にも、創設者ダミアン浜田陛下が率いるDamian Hamada’s Creaturesとの共演イベント〈地球魔界化計画第II章〉(11月2日(日)、長崎ハピネスアリーナ)や、氣志團主催の音楽フェス〈氣志團万博2025〜関東爆音パビリオン〜〉(初日の11月15日(土)に出演、幕張メッセ)など、聖飢魔IIを目撃するチャンスはまだ残っている。卓越した話術も含め本当に凄いライブバンドなので、ぜひ一度観てほしい。その際、過去の名作群や紆余曲折の歴史にふれておけばよりいっそう楽しめるだろう。本稿がそうした機会の助けになれば幸いだ。

 


補註

※1
魔暦とは、デーモン閣下や聖飢魔IIが掲げる〈悪魔教〉が地球征服を完了した年を起源とする表記のことである。本解散が成し遂げられた西暦1999年をD.C.(Devil’s Calender)元年、それ以前をB.D.(Before Demon)と呼称する。

 

※2
主要構成員の音楽的な影響源およびプレイヤーとしての守備範囲は非常に多岐にわたるが、各々の得意分野は概ね次のように述べることができるだろう。デーモン閣下(ボーカル)は歌謡曲やシンフォニックロック。3名のギタリストのうち、エース清水長官はジャズやソウルミュージック、ジェイル大橋代官はブルースやビートミュージック、ルーク篁参謀はネオクラシカルなHR/HMからエモまでメロディアスなもの全般。ライデン湯澤殿下(ドラムス)はプログレッシブロックやジャズロック。そしてゼノン石川和尚(ベース)はジャズやファンクという感じ。

作曲には全員が関与してきたが、メインソングライターはギタリスト陣であり、このうち長官が甘味(チョコレートのようなビタースウィートが近いか)、代官が苦味、参謀が酸味と考えれば、構成員が長官&代官だった1st〜3rd、長官&参謀の4th〜12th(本解散と最初の再集結)、参謀&代官となった現在という各時期のテイストの違いを捉えやすくなると思う。

 

※3
ダミアン浜田陛下のTwitter(現X)アカウントでは、2014年当時、好きなアルバム10選として下記の作品が挙げられていた(該当ポストは現在削除済みの模様)。

[HR/HM関連]順不同
ディープ・パープル『Made In Japan』
レインボー『Rising』
レインボー『On Stage』
レインボー『Long Live Rock ‘N’ Roll』
レッド・ツェッペリン『The Song Remains The Same』(『II』〜『IV』とも迷うとのこと)
スコーピオンズ『Tokyo Tapes』
ジューダス・プリースト『In The East』
ブラック・サバス『Heaven And Hell』
マイケル・シェンカー・グループ『M.S.G.』
クイーン『A Night At The Opera』

[プログレッシブロック編]順不同
エマーソン・レイク&パーマー『Tarkus』
エマーソン・レイク&パーマー『Brain Salad Surgery』
キング・クリムゾン『In The Court Of The Crimson King』
キング・クリムゾン『Larks’ Tongues In Aspic』
イエス『Close To The Edge』
イエス『Fragile』
U.K.『Night After Night』(3枚ともとても良いとのこと)
ルネッサンス『Novella』
マイク・オールドフィールド『Tubular Bells』
ピンク・フロイド『Animals』(『狂気』と大いに迷うとのこと)

 

※4
〈ヴィジュアル系〉とは、X(X JAPAN)やDEAD END、BUCK-TICKなどに連なるバンド群やシーンを指すものであり、聖飢魔IIや筋肉少女帯は(関連付けて語られることもあるが)そこには含まれない。ただ、視覚面でも強い個性や魅力を備えているためにそれを隠れ蓑にした幅広い音楽的変遷が可能になってきた、という点では相通ずる部分も多い。

少なくとも21世紀の初頭までは、見た目に気を遣っている奴らは音楽的にシリアスではないみたいな偏見が根強くあり、それがこのようなバンド群の正当な評価を妨げてきた。こうした偏見を覆した世界的バンドとしてのスリップノットの凄さとか、そのモンスター的なルックが広く認知された結果、聖飢魔IIのようなバンドが再評価される土壌が耕されてきた……みたいなことを考えるのも面白い。

 

※5
例えば、3rdに収録された代表曲“アダムの林檎”では、レッド・ツェッペリン“Immigrant Song”の有名なシャウトが引用され、リフ展開においても同曲のリズム構造が参照されているのだが、暗黒様式美メタル+ファンクみたいな曲調はきわめて個性的で、〈元ネタ〉の気配をまるで感じさせない。

また、本解散前最終作である12thの最後に収録された名曲“GO AHEAD!”では、ドリーム・シアターに勝るとも劣らない超絶プログレッシブメタル展開のなかにキング・クリムゾン“Red”の5拍子リフがあまりにも滑らかに組み込まれ(4分30秒あたり)、原曲と全く異なる印象を生みつつ〈プログレ〉的なものの歴史文脈を美しく網羅している。

ただ、こうした〈元ネタ〉のファンが聖飢魔IIを聴くことや、それとは逆に聖飢魔IIのファンがこうした〈元ネタ〉に親しむことはあまりなく、そうしたリスナー層の分断がこのバンドを音楽的な評価から遠ざけてきたというのはあるだろう。しかし、そうした風潮もこれから確実に変わっていくのではないかと思われる。

 

※6
該当のレビューは、「BURRN!」1985年11月号の巻末〈DISC REVIEW〉に掲載された。同記事は復刻レビュー集「BURRNIN’ VINYL VOL. 1」(シンコー・ミュージック、1998年)にも収録されているので、興味のある方はぜひ読んでみてほしい。

本レビューの言い回しは苛烈であり、過剰と言わざるを得ない箇所も多い。ただ、当時のHR/HMにおけるストイックな考え方や、ヘヴィメタルが〈ヘビメタ〉と揶揄され軽んじられていた状況(『悪魔が来たりてヘヴィメタる』というタイトルはそこに自ら抵触しにいっているようなものでもある)に対するカウンターの先陣をきっていた同誌の立ち位置からすれば、こうやって反発するのは致し方ない面もある。

 

※7

0点をつけられたことは、けっこう不愉快だったよ。今ではその気持ちもわからないではない。中身だけではない、日本のレコード業界におけるロックのレコードの出し方に、ある種気に入らないところがあったようだ。バンドのメンバーに対してではなく、レコード会社の姿勢に対して0点をつけたということを聞いた。後で。ただそれが文章の中では伝わってこない。

しかし、これから世の中に出ていって、これで喰っていこうと思っている我々の、人ではないけれどもこれが人だったとした場合の“人の人生をあんたはどう考えてるんだ”ということには腹が立った。

もう一つ感じたのは、“ミサとか観に来てないでしょ”ということ。観に来れば多少考えが変わったかもしれないが、一方的に線を引かれてしまった。こちらにしては損な話ではある。大きな力を持ったメディアが一切取り上げなくなるわけだから。

他にも感情的な理由が重なっている。それがロックといえばロックなんだろうが。

我々は直後に、まったく違うところで観客を獲得していくから、あまり関係なくなるけど、ただその時は不愉快だったよね。そのへん。因みにその人はまだその雑誌に関わっていると思うが、デビューして二十年、今だに一度も対面したことはない。

「聖飢魔II 激闘録 ひとでなし」(山田晋也 著、パン・プロダクション、2006年)P. 55〈雑誌メディアへ進攻の中の暗部〉からデーモン閣下のコメント部分を引用

 

※8

そもそも第一大教典では叩いてない。オーディションで入る前に終わってて、マスタリングの時かに、俺に合格という連絡をし忘れていることに気づくくらいだから。第二大教典で初めて、プロのレコーディングをしてみて、あれは川部(修久)氏だから、こっちがわけわからないうちに、うまく録ってくれた。だからけっこう音は気に入っている。第三大教典になってミキシングエンジニアが替わってね。今にして思えば、俺がへたすぎたので、チューニングの方法とか、鳴らす方法があまりにもアマチュアだったから、すごく音が良くない。今でも一番聴きたくない。

「聖飢魔II 激闘録 ひとでなし」(山田晋也 著、パン・プロダクション、2006年)P. 84-85〈殿下にとっての『THE OUTER MISSION』〉から引用

というライデン湯澤殿下の発言もあるように、『悪魔が来たりてヘヴィメタる』にはクレジットに記載されていないサポートミュージシャンが参加しており、次作以降における各構成員の個性的なプレイとは質の異なる超絶技巧を披露している。それが本作の唯一無二の味わいにつながってもいるのだが、自作自演やDIYを尊ぶHR/HMの価値観からすればこれは強い批判されても仕方のないポイントだ。〈0点事件〉で聖飢魔IIがHR/HM界隈と断絶したことでこうした要素が注目されにくくなったのも、ある意味では運が良かったと言えるのかもしれない。

ただ、ここまで述べてきた諸々のことに鑑みても、〈0点〉(作品の出来不出来を反映しない、何も考えずに絶賛して100点つけるのとある意味では同じ評価の仕方)は不誠実であり妥当でなかったと思われる。

 

※9
聖飢魔IIの“不思議な第3惑星”(1988年発表)は、全編英語なのにナンセンスな日本語に聞こえる空耳的歌詞とアイアン・メイデン系譜のスピードメタル的曲調を組み合わせることで、メタルの美学を高度に体現しつつそれを強烈におちょくるという難事を成し遂げている。そこで〈Want some beat?〉(わさび)という言葉が連呼されるのだが、これがBABYMETALの“BxMxC”(2019年発表)でもパンチラインとして用いられている。〈悪魔が来たりてベビメタる〉で“BxMxC”が演奏されたことにより、この2曲の関係が明示され、本稿で述べてきたような在り方の継承が示唆された。本当に良い対バンイベントだったと思う。