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ここから聴きはじめたい、フリートウッド・マックの世界

 ロックが世代と共に成熟していく――フリートウッド・マックはその転換点を象徴するバンドだった。その事実を物語るのが、全世界で4,500万枚以上のセールスを記録し、半世紀近くを経ていまなお聴き継がれている驚異のロングセラー・アルバム『Rumours』(77年)だ。ここには、60年代から70年代初頭にかけてのロックやポップスが投げかけてきた社会への異議申し立て、若さや反抗の気配といったものが存在しない。でもって鳴らされるサウンドはAORと呼ぶにはロック的なエッジがあり、曲調は洗練されていながら妙に人間臭く、親しみやすいのにどこか危うさを秘めている。このような絶妙なバランスは他のどんなバンドにも見当たらないものだ。彼らが成し遂げたのは、大人のためのロックを発明したことではない。が、それを世界でもっとも広く共有されるポップ・ミュージックへと昇華したグループだったと評することは可能だろう。

 

現代に繋がるポップセンス

 67年に英国で結成され、もともとは天才ギタリストのピーター・グリーンをフロントに置くブルース・ロック・バンドとしてキャリアをスタートさせたフリートウッド・マックは、幾度となくメンバー変更を行いながら74年に活動拠点を米カリフォルニアへと移す。そのときに加入したのが、デュオとして活動していたリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスという2人のアメリカ人だ。恋人同士だった2人をフロントに据えた新体制の5人組は、それまでのブルース色を残しながらもポップセンスを飛躍的に開花させ、劇的な変貌を遂げることになる。

 何よりも彼らの音楽を唯一無二のものにした最大の理由は、3人の優れたソングライターを擁していたことにあるだろう。まず、神秘性とロマンティシズムを纏った独自の世界を描いてみせるスティーヴィー・ニックス。“Rhiannon”や“Gypsy”に漂うどこか幻想的な空気は、妖精や魔女のイメージとも重なり、彼女独自の個性として広く認知されている。2人目は、ベーシストのジョン・マクヴィーと婚姻関係にあったクリスティン・マクヴィー。彼女は、ブルースをルーツに持ちながら英国的な気品を感じさせる作曲家で、“Don’t Stop”や“Everywhere”など温もりと普遍性が同居したメロディアスなナンバーを得意とした。そこにフォークやカントリーを土台にしながら革新的なポップ・サウンドへと組み替える発想力を持ったリンジー・バッキンガムが加わるわけだ。3者の個性は驚くほど異なっていて、一曲ごとに景色は変わるのにアルバム全体には不思議な統一感が生まれる。そういった構造もロック史においては極めて稀有なものだといえる。

 稀有といえば、メンバー間のプライヴェートな問題が歌詞にノンフィクションとして反映されていた構造も見逃せない。美しいメロディーと緻密なアンサンブルの裏側には、リンジーとスティーヴィーの破局、ジョンとクリスティンの離婚をはじめ、浮気、嫉妬、和解など彼らの間に発生したあらゆる事柄が生々しく描かれていたのだ。

 そんなフリードウッド・マックの黄金期を支えたもの、それはリンジー・バッキンガムのプロデューサーとしての手腕だった。巧みなフィンガー・ピッキングで独特の音色を奏でるギタリストとして知られた彼は、スタジオそのものを音楽の実験室と考え、録音や編集、ミックスまでも作曲の一部として扱うようなクリエイターである。何層にも重ねられたギター・アレンジや余白を巧みに活かしたミックスによって浮かび上がる特異なサウンド・デザイン。膨大な時間と予算を注ぎ込んで作り上げた79年の大傑作『Tusk』においてその方法論はさらに先鋭化し、ニューウェイヴやアヴァンギャルドな感覚をも取り込みながら、ポップ・ミュージックの新たな可能性を切り拓いてみせた。

 そんな彼の挑戦的な姿勢は、今日のインディー・ロックやオルタナティヴ・ポップにも確実に繋がっていて、三声コーラスと軽やかなグルーヴを現代へと受け継ぐハイムの楽曲の端々などに発見することができよう。また近年になってリンジーとミック・フリートウッド(ドラムス)をフィーチャーした“Secrets”を発表しているマイリー・サイラス、スティーヴィーと一緒に“Landslide”を披露したことがトピックとなったサブリナ・カーペンターらもフリートウッド・マックの子どもと呼べるアーティストだし、とにかく彼らの影響は多方面に及んでいる。