スティーヴィー・ワンダーのアルバム『Songs In The Key Of Life』がリリースから50周年を迎え、話題になっている。ソウル/R&Bというジャンルにおける最大の名盤、ひいてはポップミュージック史における記念碑的傑作と言っても言い過ぎではない本作。その音楽性やメッセージ、後世への影響について音楽ライター川口真紀に解説してもらった。 *Mikiki編集部
50年後も人々を魅了する人類音楽史上最高傑作
第19回グラミー賞でアルバム・オブ・ザ・イヤーを含む4部門で受賞し、全米アルバムチャート(Billboard 200)では14週にわたって1位を記録、その歴史的価値から米国議会図書館の全米録音資料登録簿(National Recording Registry)に登録されるなど、紛うことなき人類音楽史上最高傑作のひとつであるスティーヴィー・ワンダー『Songs In The Key Of Life』(以下『Key Of Life』)。
1976年9月28日、スティーヴィーが26歳の時にリリースされた通算18作目となる本作が今年で50周年を迎えたということで、〈Songs In The Key Of Life Performances - 50th Anniversary Tour〉と題された欧米ツアーが開催されたり、当時の未発表曲4曲を収録した『Songs In The Key Of Life - The EP』がリリースされたりと、ここにきて『Key Of Life』が再び脚光を集めている。50年を経てもなお人々を魅了し続けているこのモンスターアルバムについて、同作が生まれた背景や後世への影響などに触れつつ記していきたい。
差別、戦争、貧富の差……希望と愛を伝える普遍的メッセージ
かねてからアフリカの人々が直面する貧困や健康問題に関心を示していたスティーヴィーは、アフリカの障害を持つ子供達への人道支援活動のために、75年末にガーナに移住し、音楽活動を引退すると表明。それに焦ったモータウンは同年、7年間で1300万ドルという破格の契約金と20%の印税、出版物管理の絶対的権限を提示(当時のモータウン社長ベリー・ゴーディJr.曰く「スティーヴィーを失うことだけはできなかった」とのこと)。結果、スティーヴィーは移住&引退を撤回し、モータウンから勝ち取った絶対的な制作の自由のもと、約2年半の歳月をかけて『Key Of Life』を作り上げたのである。
LPレコード2枚と『A Something’s Extra』と題された4曲入りEPを組み合わせた(現行CDでは2枚に全曲を収録)全21曲となる同作は、『Talking Book』(1972年)、『Innervisions』(1973年)、『Fulfillingness’ First Finale』(1974年)のいわゆる〈3部作〉をはじめ、スティーヴィー作品に多大な貢献を果たしてきた共同プロデューサー/エンジニアのマルコム・セシル&ロバート・マーゴレフとも袂を分かち、全曲スティーヴィーが作詞作曲プロデュース(共作もあり)。また、自身の演奏や多重録音が中心だった3部作とは異なり、ハービー・ハンコック(キーボード)、ジョージ・ベンソン(ギター)、ミニー・リパートン(ボーカル)など、130人(!)を超えるミュージシャンや共同制作陣が参加し、これまで以上に華やかで厚みのある作品に仕立てあげている。
60年代の公民権運動を経てもなお一向になくならない人種差別、1975年まで続いたベトナム戦争の泥沼化、オイルショックによる物価高騰と深刻な不況など、当時のアメリカは悲惨極まりない状況であり、スティーヴィーが社会への怒りを歌うことは至極当然のことであったが、しかし本作で彼は絶望的な社会を呪うだけではなく、それでも諦めたくない人類への希望や普遍的な愛を、ソウルやファンク、ラテン、ジャズなど様々な音楽を交えながら、キャッチ―に、グルーヴィーに歌いあげている。
オープニングナンバー“Love’s In Need Of Love Today”の〈だからこそ今、世界には愛が必要なのだ〉という一見陳腐になりがちな言葉も、ゴスペル風コーラスをバックにスティーヴィーが優しく歌うと心から感動を覚えるし、世の不条理を憂うだけでなく、普遍的な言葉を使って人種や国境を越えて連帯を呼び掛けたからこそ、今なお人々の心を打つのだ。
それは他の曲も同様。〈すべての人が権利を守らなければ歴史は繰り返す〉と差別を糾弾しつつ、黒人としての誇りを歌った“Black Man”、美しいストリングスの音色に乗せて貧民街の現実を淡々と歌う“Village Ghetto Land”、愛娘アイシャの誕生を喜ぶ“Isn’t She Lovely”(本作が愛に溢れた内容になったのは、少なからずアイシャの誕生が関係しているだろう)など、喜怒哀楽様々な感情を歌っているが、最後に見えるのは希望の光だ。だからこそ、本作は不屈の名作として50年を経てもなお輝き続けているのである。
ジョージ・マイケルのカバーやヒップホップのサンプリングなど後世への影響
また、米メディア〈Essence〉の〈史上最高のR&Bソング〉で1位に選ばれた“As”をジョージ・マイケル&メアリー・J・ブライジが、ダンスクラシックの最高峰“Another Star”をキャシー・スレッジが、美バラード“Knocks Me Off My Feet”をルーサー・ヴァンドロスやドネル・ジョーンズが、緊張感漲るストリングスの音色が印象的な“Pastime Paradise”をクーリオ feat. L.V.がカバー/リメイクしたり、1974年に世を去ったジャズ界の巨匠、デューク・エリントンに捧げられたトリビュートソングであり、音楽の基礎を築いたジャズジャイアンツへのオマージュソングでもある“Sir Duke”をア・トライブ・コールド・クエストが“Footprints”でサンプリングするなど、後世への影響も絶大(カヴァーやサンプリングはこれら以外にも挙げればキリがない)。ロニー・フォスターのオルガンの音色が胸に響く“Summer Soft”はのちのシティポップにも影響を与えたようにも思うし、“I Wish”の渦巻くグルーヴは80年代ジャズフュージョンのそれにも繋がっているだろう。
どこを切り取っても高度な音楽性に圧倒させられるばかりだが、そこに大衆性、社会的メッセージ、音楽が持つ多幸感、後世への絶大な影響力、すべてを兼ね備えた『Key Of Life』。こんなアルバム未来永劫出てこないのでは、と本気で思う。
