ブレッド&バターのデビュー55周年を記念したシングルベスト『ザ・シングルズ -55th Anniv. All Time Best-』が、2024年9月18日(水)にリリースされる。加山雄三、サザンオールスターズとともに〈湘南サウンド〉の代表格として親しまれ、その輝かしいキャリアには筒美京平、松任谷由実、細野晴臣、さらにはスティーヴィー・ワンダーといった面々が関与するなど、日本を代表する兄弟デュオとして現在も活動を続けている。

今回、〈いま改めて聴きたいブレッド&バターの5曲〉と題し、本作に収録された35曲からライターの桑原シローが5曲をチョイス。馴染み深い名曲からビッグネームとの絆によって生まれたナンバーまで、いまなお新鮮に響き続けるブレッド&バターの音楽の魅力に迫っていく。 *Mikiki編集部

ブレッド&バター 『ザ・シングルズ -55th Anniv. All Time Best-』 Sony Music Direct(2024)

 

マリエ(1970年)

ブレッド&バター55年のキャリアを語るうえで欠かすことのできない大事な1曲だ。彼らが最初に在籍した日本フォノグラムでは3枚のシングルをリリースしているが、この曲のみが唯一の岩沢幸矢&岩沢二弓によるオリジナル楽曲であった。

デビューシングルに選ばれた“傷だらけの軽井沢”は、作詞を橋本淳、作曲を筒美京平という歌謡曲畑のヒットメイカーチームによる作品で(サードシングル“愛すべきボクたち”も同じ布陣)、ヒットに成り得る高いクオリティは有しているものの、そこにブレバタらしい個性はあまり感じられなかった。レーベル側が目指していたであろう〈和製サイモン&ガーファンクル〉というコンセプトは、どうも有効に機能していない様子だったし、かつて渡米して訪れたNYのフォークロアセンターで名だたるミュージシャンから音楽とは何かを教わった兄・幸矢としては、自分らが思い描く表現スタイルとかなり乖離があったのではないか。

そうした曲と比べると、圧倒的に“マリエ”のほうがブレバタとして〈正しかった〉と言えるかもしれない。メロディの端々から零れ落ちる芳醇なメロウネスはどうだ。日本的フォークミュージックと一線を画すこのテイストに触れるにつけ、これこそがブレバタが考えるグッドミュージックの理想形なのだろうと思わずにいられない。

改めて述べると、“マリエ”は極上ソフトロックチューンである。美しボーカルハーモニーに宿るナイーブな感触が、ふたりによっていまも色褪せず再現され続けていることはまったくもって奇跡というほかない。

同楽曲はリメイク版も人気が高いものが多く、1980年のアルバム『MONDAY MORNING』に収められたバージョン、元フィフス・アヴェニュー・バンドのピーター・ゴールウェイがプロデュースを手がけた1989年のベスト盤『マリエ』のバージョンも聴きごたえのある仕上がりとなっている。カバーでは、森山良子によるものがよく知られており、オリジナルに勝るとも劣らない素晴らしい世界が構築されている。

 

ピンク・シャドウ(1974年)

現在を生きる人とか未来を生きる人とか関係なく、あらゆる時代において聴かれるべき名曲だろう。1973年に日本コロムビアに移籍してからの彼らは、気心の知れた音楽仲間たちと力を合わせ、自分たちがやりたい音楽を実現させる術を身につけていく。

仲間には、林立夫、鈴木茂、小原礼、浜口茂外也らがおり、ライブでは彼らをバックにロックフィーリング溢れるポップサウンドをクリエイトしていた。1974年にリリースされたサードアルバム『Barbecue』はそんな彼らが一堂に集い、バーベキューの宴を催しているかのような和気藹々としたムードが魅力の作品に仕上がっている。そのメニュー(=収録曲)には、アーバンなカントリーロックなど当時岩沢兄弟が熱中していたアメリカンサウンド系の楽曲が並んでいるが、とりわけ目立つのがポップソウルなスタイルというか、ファンキーな音作りをめざしたナンバーたち。その代表がリードトラックであるこの通算9枚目のシングル“ピンク・シャドウ”だ。

ファンキーなドラムブレイクが重なるように、アコギ、エレキ、ベース、パーカッション、エレピなどがリラクシンなムードのなか自由闊達にプレイを開始し、次第にたゆたうようなうねりが生成されていく。そこに山室英美子、新井潤子、榊原尚美らの麗しいコーラスが重なり合い、それまでの日本のポップスではあまり聴いたことのないカラフルな音像が立ち現われる……このめくるめく展開が生み出す感動と初めて出会ってから何十年も経つのに、いまだ新鮮さを失わないでいることにただただ驚きを禁じ得ない。

改めて“ピンク・シャドウ”は、ブレバタ作品のなかでもひときわ洒落た風情を持ち、普遍的なデザインと高い機能性を誇る1曲だ。ちなみに本ベストに収録されているシングルMIXは、リバーブ多めのボーカルが艶やかな表情を醸す仕上がりとなっている。

またこの名曲は、他者にカバーされる機会が多いことでも有名だ。なかでも人気が高いのは、山下達郎による迫力満点のライブバージョンで、こちらは彼の傑作ライブ盤『IT’S A POPPIN’ TIME』(1978年)にて聴くことができる。

なおDisc 2には、1998年の再録音版も収録。ここでバックを務めるのは、カーネーションのメンバー。オリジナルとは異なるグルーヴィなバンドサウンドが光る快作だ。

 

あの頃のまま(1979年)

1970年代後半の一時期、ホームグラウンドの茅ヶ崎に戻り、〈カフェ・ブレッド&バター〉の営業に専念していたふたりだったが、1980年を目前に再デビューの話が降って湧き、新たにアルファレコードに所属することとなる。その際シングルに相応しい曲として用意されたのが、呉田軽穂こと松任谷由実が作詞作曲を手がけたこの曲だった。

湘南のイメージを前面に押し出した歌詞といい、まるでブレバタへのラブレターのような作りとなっているが、そもそも両者は相思相愛というか、ブレバタのふたりは音楽シーンにユーミンが登場したとき、自分たちと同じ志向のミュージシャンが現れたと感激したという(ユーミンは前述したカフェ・ブレッド&バターの常連でもあったそう)。

アレンジは、同じくブレバタの理解者である細野晴臣と松任谷正隆が担当。レゲエフィールのリズムは、どこかザ・ステイプル・シンガーズの往年の名曲“I’ll Take You There”を思わせるものがあり、かつて仲間たちがこよなく愛したマッスル・ショールズ・サウンドにオマージュを捧げているかのようでもある。そこに重なる哀感たっぷりのメロディにもノスタルジックな雰囲気が漂っているものの、ブレバタ特有の湿度の低いボーカルハーモニーによってさらりとした聴き心地を生み出しているところが、この曲の何よりの魅力となっているのはたしかだ。