COLUMN

映画「アクト・オブ・キリング」

過去の殺人を、彼ら自身が演じ、再現したドキュメンタリー

(C)Final Cut for Real Aps, Piraya Film AS and Novaya Zemlya LTD, 2012

 

 床に座らせた男の首に針金を巻いて、ぐいと引っ張り、「こうやればあまり血が出なくて済む」と笑う初老の男。男の名は、アンワル・コンゴ。かつてインドネシアで起こった共産主義者虐殺に大きな貢献をした「英雄」だ。『アクト・オブ・キリング』は、彼らが過去に行った殺人を彼ら自身にカメラの前で演じ、再現してもらうという前代未聞の手法を使ったドキュメンタリーである。

ジョシュア・オッペンハイマー アクト・オブ・キリング オリジナル全長版 VAP(2014)

 インドネシア独立の父、スカルノ大統領(その第3夫人がデヴィ夫人)は、1965年に起こった「9・30事件」というクーデター未遂事件をきっかけに失脚する。このとき、民兵組織を使った大規模な共産主義者虐殺の嵐がインドネシアに吹き荒れた。死者は100万人とも200万人とも。「プレマン(自由な人)」と呼ばれる街のゴロツキだったコンゴも、金のために虐殺に手を染める。事件後、彼らは「英雄」として日常に戻っていく。

 監督のオッペンハイマーは、もともとこの虐殺の被害者側を取材していたが、当局からの禁止を受け、加害者の側への取材に切り替えた。「英雄」的活動の再現を快諾したコンゴたちは、実際に行った殺しの手口の開陳から、集落の殲滅、彼らが被害者を演じ、尋問で暴行を加えられるシーン、さらには彼らが処刑した相手に「許される」(!)シーンまでを撮影する。最初のうちこそノリノリで自分自身を演じているコンゴたちだが、殺す演技=行為(アクト・オブ・キリング)は、そのプレイバックを逐一確認する彼ら自身の心の中にいつしか波を立て始める……。

 本作は、声高に彼らの所業を断罪するものではない。非情な男が人間性を回復するという物語でもない。ただ映像ならではの手法で、「悪」を支えているものは何かという問いを見るものに投げかける。原一男『ゆきゆきて、神軍』と並ぶ大問題作だ。ちなみに、コンゴの片腕ヘルマン・コトが太っちょながら果敢に女装に挑む場面は、まさに抱腹絶倒!

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