トランスフォームする世界と教授
「Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto」が写す40年前の教授と東京。新宿、原宿、渋谷、青山、そしてこの映画の大半が収録された新富町にあるレコーディングスタジオ、音響ハウス。そのスタジオ内の機材と向き合って教授とエンジニアが作業している。この映画が映し出す’84年、街を映しても、スタジオを映してもすべてが随分と物々しい。移動の車中で教授が握っているのは自動車電話だ。そういえば〈携帯できる電話、ショルダーホン〉というのもあった。今見ると大きいというより厳ついという印象だ。日本の都市は色彩感に乏しいという印象が以前からあったが、映像は意外なほどカラフルな街の様子を映し出す。フランス人の目が捉えた〈JAPON〉だからなのかもしれない。
スタジオの外では街の喧騒が熱を帯び、竹の子族の祭りと江戸の祭りの映像が街を騒つかせる。祭囃子が何度も流れる。そこに再発売された二枚組の『音楽図鑑』に収録された“M.A.Y. IN THE BACK YARD”や“旅の極北 - 0013-04A”の録音風景が重なる。後者のアジア的な音の重なりにバリの音楽をその原風景だと想像していたが、実はこの祭囃子もこの曲のリソースだったのかもしれないとあらためて教授の耳がかける魔法に驚かされた。
竹の子族の映像も何度も流れ、教授が化粧するのは別のジェンダーに生まれ変わるためだと語る映像が記憶のなかで重なる。脱ジェンダーを試みる容姿はどこかサイボーグに近づくと思う。しかしそれは喪失ではなく、何か別のものの現れなんだろう。竹の子の男女もなぜか華美な装いの中で別な性物へと変化していくように見えた。それも教授がかけた魔法のひとつなのだろうか。あるいはそれが日本の伝統文化を動かしてきた魔法なのだろうか。
この映画が記録したピアノを弾く教授は力強い。エンジニアに指示を出す教授は鋭く、フロッピーに収められた音色の図鑑から音色を選ぶ教授は少年のように無邪気に見える。
映画の最初と最後にドビュッシーの言葉を引用して未来の音楽家たちのために音楽を作っていると語る教授は、どこか気恥ずかしそうに見えた。