夢に向かって暴走する天才卓球選手を描いたティモシー・シャラメ主演の最低で最高の物語
「君の名前で僕を呼んで」(2017年)で一躍ハリウッドのスターダムに駆け上がったティモシー・シャラメ。「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」(2024年)ではボブ・ディラン役に挑戦。吹き替えなしで歌を披露するなど作品ごとに役者として新境地を切り開いてきたが、「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」でも新たな魅力を見せてくれる。今回、シャラメが演じるのは、卓球の世界大会で優勝することに執念を燃やすマーティ・マウザー。感動のスポーツ映画かと思いきや、主人公も映画も一筋縄ではいかない。なにしろ、脚本・監督は「グッド・タイム」(2017年)や「アンカット・ダイヤモンド」(2019年)で、極限状態に置かれた主人公の波乱万丈のドラマを描いてきたサフディ兄弟の兄、ジョシュ・サフディなのだから。
物語の舞台は1952年のニューヨーク。マーティは叔父が経営する靴店で販売員として働きながら、イギリスで開催される世界卓球選手権に参加するための旅費を貯めていた。押しが強く口が達者なマーティの販売成績は優秀だったが、仕事をサボって卓球の練習をするほど卓球にのめり込んでいた。そのことを叔父から咎められると、店の金庫から金を奪ってイギリスへ。試合を勝ち進んで絶好調のマーティは、国際卓球協会が準備した合宿所を出て高級ホテルに勝手に宿泊。そこで見かけた元女優で今は世界的なインク会社の社長夫人になっているケイ・ストーンに一目惚れ。あの手この手で接近してモノにしようとする。万事がこの調子でマーティは欲しいものは手に入れずにはいられない。しかし、選手権の決勝戦で日本代表のエンドウに惨敗してしまい、マーティの人生は大きく狂い始める。
自分の夢を叶えるためには周りの迷惑を顧みないマーティ。普通なら友達にはしたくない男だが、それをサフディとシャラメは魅力的なキャラクターにしている。サフディが本作を生み出すきっかけになったのは、ニューヨーク出身の実在する卓球選手、マーティ・リーズマンが書いた本に出会ったことだった。まだ卓球がスポーツとして浸透していなかった50年代。ニューヨークの卓球クラブは、社会のはみ出し者たちが集まるアンダーグラウンドな世界だった。そこから世界の頂点を目指してガムシャラに突き進む身勝手な天才、というユニークなキャラクターをサフディは作り上げた。
マーティが帰国してから物語は加速する。既婚者で恋人であるレイチェルの妊娠が発覚。叔父から強盗で訴えられ、国際卓球協会からは高級ホテルの宿泊費を返済するまで世界大会の出場禁止を言い渡される。日本で開催される次の世界選手権でエンドウに勝って雪辱を晴らしたいマーティは、次々に起こるトラブルに翻弄されながら死に物狂いで資金集めに奔走する。
マーティがもがけばもがくほど物語は予期せぬ方向に脱線。スポーツ映画と思いきや、社長夫人との不倫メロドラマになったり、怪しげな男たちが絡む犯罪映画になって銃撃戦が始まってしまう怒涛の展開。その波乱に富んだ展開や個性的なキャラクターが織りなすドラマはスクリューボール・コメディのようだ。そんななかでマーティのプライドは粉々に潰されるが、「エンドウに勝ちたい!」という執念だけは最後まで手放さない。そこで描かれるのは、夢に取り憑かれた男が人生と格闘する姿だ。追い詰められた主人公が泥沼から抜け出すためにもがく姿を描くのはサフディの得意とするところ。なりふり構わないマーティの姿はおかしくもあり、哀しくもあり。マーティはままならない人生を生きている我々の姿をカリカチュアしているようで次第に親しみが湧いてくる。
ひとつのジャンルにおさまらない物語だけに、マーティを演じるには柔軟な演技とブレない集中力が必要だが、シャラメは最初から最後までエネルギッシュに演じている。卓球の試合で見せる見事な動きにも驚かされた。おそらく吹き替えなしだと思うのだが、シャラメはディランの歌を歌うのにも匹敵するようなトレーニングの成果を披露している。そんなシャラメと絡むレイチェルを演じるオデッサ・アザイオン。ケイを演じるグウィネス・パルトロウも存在感を発揮。とくに久しぶりの映画出演になったパルトロウは、マーティを惹きつけるケイの気高さ、そして、その裏側にある虚しさを演じてベテラン女優の風格を感じさせる。
サフディの巧みな語り口も見事だ。躍動感溢れるカメラワークと緻密な編集で、多彩な人間ドラマをスポーツの生中継のように臨場感たっぷりに描き出していく。そして、映像に力強いグルーヴを生み出すうえで大きな役割を果たしているのが、サフディの作品に3回連続で参加することになったワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンの音楽だ。サフディが脚本に書き込んでいた80年代の音楽(ピーター・ガブリエル、ニュー・オーダー、コーギスなど)や映画のセリフからインスパイアされながら、冨田勲やヴァンゲリスを思わせるヴィンテージ・シンセのスペイシーなサウンドにオーケストラの演奏や合唱団の歌声を融合。レコーディングにはサフディも立ち会って、それぞれのシーンにフィットした表情豊かなサントラを作り上げた。ロパティンの音楽は映画の感情そのものと言えるかもしれない。
映画は脱線を繰り返して、クライマックスで再びスポーツ映画へと回帰する。そして、最後にマーティは夢と同じくらい、あるいは、それ以上に大切なものを見出す。映画のラストシーンに流れるのがティアーズ・フォー・フィアーズのヒット曲“Everybody Wants To Rule The World”。意外な選曲だが、〈Welcome to your life(君の人生にようこそ)〉という曲の出だしの一節は、マーティの心のつぶやきであり、同時にマーティ自身に向けられた言葉のようでもある。世界チャンピオンになるという夢。あるいは、妄執から解き放たれたて、自分以外の誰かを愛することを知った時。そこにはどんな人生が待っているのか。そこに至る魂の遍歴を圧倒的な筆力で見事に描いてみせた本作は〈Supreme(最高)〉という言葉がふさわしい作品だ。
MOVIE INFORMATION
映画「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」
監督・脚本:ジョシュ・サフディ
出演:ティモシー・シャラメ/グウィネス・パルトロウ/オデッサ・アザイオン/ケビン・オレアリ―/タイラー・オコンマ
(2025年|アメリカ|149分)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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2026年3月13日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
公式HP:https://happinet-phantom.com/martysupreme/