キース・ジャレットの伝説的ライヴの舞台裏を描く、音楽青春映画
僕の手元に、〈ECM Records〉というロゴ(後の〈ECM〉ではない)がレーベルに記載されているキース・ジャレットの2枚組LP『The Köln Concert』がある。ジャケットがすでにかなり黄ばんでいる同LPは、ドイツ(当時の西ドイツ)制作の輸入盤だ。
瞑想的な雰囲気の演奏で始まる『The Köln Concert』は、1975年1月24日にドイツのケルンで行われたキースのソロ・ピアノ・コンサートの音源を収録したもの。オリジナルのECM盤は、同年11月24日にリリースされた。僕が冒頭に記したLPをいつ手に入れたか正確には覚えていないが、たぶん翌年に購入したのだと思う。『The Köln Concert』は、当時高校生だった僕が初めて購入した同時代のジャズだが、それほどこのアルバムは評判を呼び、大いに売れた。今では、もっとも売れたジャズのソロ・アルバムと言われている。
「1975年のケルン・コンサート」は、このコンサートを主催したヴェラ・ブランデスの証言に基づく映画である。コンサート・プロモーターとして出発したヴェラは、後にプロデューサーやレーベルの主宰者としても活躍。ドイツのジャズ界でもっとも成功した女性の一人だ。
最初のシーンは、ヴェラの50歳の誕生パーティー。パーティーには、彼女の誕生日を祝うために仲間たちが集っているが、そこに年老いた父親が突然現れる。そして「若い頃の娘は可能性に満ちていて、賢く、美人で、弁護士にも医者にも外交官にもなれた。でも、今や私の人生の最大の失望だ」と不満を述べる。
そんな父親を唖然として見つめるヴェラ・ブランデス。ここでヴェラは突然〈やり直し〉を指示し、彼女の指笛を合図にテープが巻き戻され、シーンが一転する。新しいシーンでは、「ジャズ・ワールド」誌に寄稿している評論家のマイケル・ワッツが、ザ・クランプスやボブ・ディランのリハーサル・テープ(当時は正式に発表されなかった音源)をかけながら、ポピュラー音楽における〈やり直し〉の例を説明する。そしてマイケルは、バード(チャーリー・パーカー)やマイルズ(マイルス・デイヴィス)は口笛を吹いたと語る。その瞬間、50歳のヴェラの「若い頃からやり直しよ」という声を合図に、今度は1973年のシーンに切り替わる。
ヴェラ・ブランデスはこの後も何度かカメラの向こう側にいる観客に語りかける。また、マイケル・ワッツは、後に出てくるスイスからケルンまで移動するキース・ジャレット一行の自動車の同乗者でもある。マイケルは取材は一切しないという条件で、ECMの創設者であるマンフレート・アイヒャーが運転する小さな車に同乗させてもらうが、道中の会話から、キースのミュージシャンとしての哲学がこぼれ出る。また、マイケルは一種の〈狂言回し〉として、74年のベルリン・ジャズ・フェスティヴァルでマイルス・デイヴィスのグループを観ているヴェラの隣に突然現れたり、過去の映像や生演奏など共に〈ジャズの進化〉について説明する。こうした演出上の趣向が、本作の特徴のひとつだ。